とりどりの花、とりどりの心 - 3/3

 唾液の絡まる粘性の音が、嫌でも耳にこびりつく。
 唇を奪われ、ぬるりと侵入した舌に歯列を撫でられ、粘膜を擦られる。そうして口内を嬲られている間にも、シチロージの手が器用に動いて、カンベエの軍服を留める革製の帯を緩めていく。抵抗を試みたものの、シチロージの無駄なく引き締まった体に、何よりその体が纏う豪奢な着物に阻まれて、カンベエは褥の上で身を捩ることしかできない。
 かちゃ、と金属の留め具が外れる音。カンベエの口を解放したシチロージが、唾液で濡れた唇で薄く笑いながら体を少し起こす。金具を弄っていた手が、次は軍服の下衣へ。正面の留め具を外されるとほぼ同時、力ずくで引き下ろされる深緑色の布地。思わず身が強張ったが、もはやどうすることもできないまま呆気なく体を暴かれて、カンベエの下半身を守るのは白い下帯一枚だけになっていた。
 その薄布に、シチロージの手が伸びる。未だ兆しを見せない雄の象徴を、胼胝の刻まれた手が布越しにそっと撫でて、その途端、腰から全身へ込み上げる熱に、カンベエは喉を反らす。
「っ、くぅ……」
 唇を噛み締めて耐えれば、目を細めたシチロージがくつくつと低く笑った。
「我慢しなくても良いんですよ、カンベエ様」
「この、たわけ……ンぁ、」
 一回り近い年下の青年に揶揄われているのだと分かっても、一向に止まらない愛撫に体は少しずつ反応を示してしまう。指が布越しに竿を揉むにつれて血潮が流れ込み、次第に熱を帯びて固さを増す逸物が、その先端からじわりと露を滲ませる。そうして湿りつつある下帯の中へ、シチロージの手が潜り込んで、反り立ち始めた逸物に、器用な指が絡み付く。
「あ、ァっ」
 布越しのそれとは違う、もっと直接的な愛撫に、カンベエは耐えきれずに悲鳴のような声を漏らしてしまう。その声が聞けたことに満足したのか、シチロージが秀麗な顔に浮かぶ笑みをますます深くした。
「そう、その調子」
「おぬし、ふざけ、おって……ッひぁ、」
 柔らかなふぐりごと男根を握られ、優しく揉まれながら下帯をずらされる。まろび出たカンベエの雄は半ば勃ち上がり、先端から蜜を垂らしててらてらと濡れていた。その逞しい肉棒へ、どこかうっとりとした表情でシチロージが口を近付ける。
「相変わらず、立派でいらっしゃる」
「ッう、からかっ、てッ、くァ……!」
 じゅる、と蜜を滴らせる先端を唇で吸い上げられ、言いかけた文句は空しく途絶えて消えてしまう。一度離れた舌先がすぐさま鈴口の小穴をつつき、それから固さを増す竿を這い始める。肉棒を色白の手が握り、晒された裏筋を下から上へ、ねっとりと辿る熱い舌。ぞわ、と背筋を駆け上がる快楽に、カンベエは敷布をぎゅっと握り締める。涙で滲んだ視界で見下ろす己の下腹部、ぴちゃぴちゃと音を立てながらカンベエの雄を舌で愛撫していた碧眼の「美女」が、上目遣いでにこりと微笑んだ。
「も、やめ、シチ……っ」
 カンベエの懇願は、届かない。舌が鈴口まで這い上がった瞬間、紅を差した唇が慾をくわえ、じゅる、と強く吸い上げる。今までの緩やかな愛撫から一転した強烈な刺激に、カンベエは目の前がちかちかと揺らぐような恍惚に襲われた。
 シチロージの口内に、肉棒が少しずつ呑み込まれていく。熱い舌が、頬の粘膜が、いきり立ったカンベエの慾を包み込み、口全体を使ってねっとりと嬲ってくる。カンベエを見上げるシチロージの瞳に悪戯っぽい光が躍ったかと思うと、かり、と甘噛みのように柔く歯を立てられて、あまりの刺激に耐えられず、カンベエは身を仰け反らせた。
「うぁ、ア……!」
 腰から全身を駆け上がった悦楽が頭の中で一気に弾けて、カンベエはシチロージの口内へ、どくりと精を放つ。堪えるように敷布を握り締め、ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返しながら、カンベエは己の足の間の古女房へと視線を向けた。脈動するカンベエの雄を咥えていたシチロージが、ゆっくりと顔を上げ、こくりと喉を一度上下させる。うっすらと微笑んだ赤い唇から白い露が一筋、飲み込みきれずに伝い落ちるのが酷く淫らだった。
「カンベエ様」
「シチ、ッ、ぅあ」
 豪奢な着物姿がにじり寄り、カンベエの体に被さる。カンベエの精で汚れた秀麗な顔に見つめられ、ごくりと固唾を呑むカンベエの太股を、シチロージの指先がするりと撫でた。擽ったさに思わず体が跳ねて、その隙をつくように足を大きく開かされてしまう。己の口の端から零れた白濁を指で拭ったシチロージが、開いた足の間、カンベエの蕾に濡れた指を宛がう。其処に触れる青年の意図は一つだけで、けれどもその意図を察したカンベエは力なく首を横に振った。もう戻れないところまで流された気もするが、この期に及んで、この状況で体を許すことにまだ抵抗があった。
 そんなカンベエを前にして、シチロージが硬直する。呆然としたような表情が浮かんだのは一瞬で、次いでその空色の瞳に、怒りの炎が燃え上がる。
「これでもまだ、私を拒みますか」
 絞り出すような、シチロージの声。怒りと悲しみとで震えるそれが、カンベエの心に突き刺さる。私を売ろうとなさる、と先刻彼が吐き出したときと同じ声色だった。シチロージはきっと、己の存在自体が拒絶されたと思っている。そうではないのだと、カンベエはもう一度、弱々しく首を横に振る。
「そういう意味では、ない」
「じゃあ、どういう意味なんです」
 カンベエを鋭く睨む碧眼に、きらりと光るものが滲んだように見えて、カンベエは一瞬、言葉に窮した。
「儂は……っ、ん」
 開きかけた口が、シチロージの唇に塞がれる。口内に広がる、己の放った精の青臭い苦み。シチロージの体に胸板を押さえつけられ、噛みつくように口づけられて、言葉を奪われているその間に、シチロージの指が器用に太股を這って、白濁で濡らしたその先が、つぷ、と菊座をこじ開ける。
「ッ……!」
 体を開かれる違和感に声にならない悲鳴を上げ、カンベエは思わずシチロージの腕を掴んだ。だが碌に力の入らない手ではその動きを阻むことなどできず、カンベエはその器用な指が己の中で蠢くことを許してしまう。くちゅくちゅと、抜き差しを繰り返しながら菊座の縁を解していく指が、次第に奥深くへ。これまでの情交で幾度も教えられた、腸の内側から触れる敏感な部分に指先が辿り着き、ぐっと押し上げられて、あまりにも大きすぎる愉悦が、カンベエの全身を駆け巡った。
 一度精を放ったカンベエの雄が、再び熱を持ち始める。口を塞がれ、呼吸も儘ならなくなりながら、カンベエは己の体を暴くシチロージの、至近距離の碧い眼を見た。慾に染まりつつある瞳に浮かぶ、苦しみと悲しみの色。今の状況にはあまりにも不釣り合いなその色が、シチロージの想いの強さを何よりも雄弁に語っている気がした。
 己の副官の、あまりにも強く、切実な感情。受け止めきれないまま、カンベエはその目に刺し殺されそうだと思った。己の読みが甘かったことを、覚悟が足りなかったことを思い知らされて、カンベエは目を閉じる。瞼に押されて涙が一筋頬を伝い落ち、その瞬間、シチロージの口ががばりと離れた。
「カンベエ様、」
 胼胝のある指先が、カンベエの頬を拭う。目を開けた先、シチロージがその碧眼を大きく見開いてカンベエを見下ろしていた。
 涙の気配のする双眸が、今にも壊れてしまいそうなほどに危うく揺れている。この青年にそんな顔をしてほしくなかったから、きっとカンベエは腹を括らねばならないのだ。唾液で濡れた唇をどうにか笑みの形に緩め、カンベエは震える手を伸ばす。シチロージと同じ六花の咲いた右手で、その化粧の乗った頬をそっと撫でる。
「おぬしの気持ちを、見くびっていた」
 カンベエを上官として敬い慕うだけでない、シチロージからカンベエに向けた激烈な想い。そして、まるで気付いていなかったそれを全力でぶつけられたカンベエの内にもまた、シチロージと同種の情がじわじわと滲み出るのを感じていた。
 あの男がシチロージを欲した瞬間の、胸の内が凍り付くような恐怖。それがカンベエ自身のシチロージへの想いの強さなのだと、今なら言うことができる。カンベエとて、シチロージと同じなのだ。部下として背を預けるだけでなく、もっと切実な想いを抱えている。そして今が、それをはっきりと告げるときなのだ。
「儂は、おぬしを離さぬ……」
 カンベエなりの、精一杯の告白。それを聞いたシチロージが目を細める。荒れ狂っていた碧眼が凪いだ水面のように静まり、それから蜃気楼のように、熱い情欲が一気に立ち上った。
「その言葉……忘れたとは、言わせませんよ」
「サムライに、二言はない、ッあ、んぅ、」
 カンベエの内側へ、指がもう一本滑り込む。二本に増えた指が、激しくありながら乱暴ではなく、性急だが丁寧な手つきで、ぐちゅぐちゅとカンベエの蕾を解し、体内の敏感な箇所を刺激する。シチロージによって次第に熟れ、熱で蕩けていく内側の粘膜。次第に大きくなる快楽が頭を支配して、けれどもそれに呑まれることが恐ろしくて、カンベエは目を瞑り、必死に唇を噛み締め、どうにか声を押し殺す。
「カンベエ様」
 名を呼ぶシチロージの声が、熱で掠れている。カンベエの頬へシチロージの手が触れて、汗で貼り付いた髪をそっと撫でていく。
「こっちを向いて」
 おずおずと目を開けたカンベエと、シチロージとの視線が絡まる。化粧の乗った美貌には汗が浮かび、口元の笑みには欠片の余裕もない。カンベエの体内で指が蠢いて、それからずるりと、引き抜かれる。
「ぁン、っ」
 びくん、と跳ねる体躯。六花の刻まれた左手をカンベエの頬に添えながら、シチロージが片手で器用に帯締めを解く。流水の帯が流れ落ちるように解けていき、はだけた牡丹柄の着物の下、しなやかに引き締まった色の白い体が覗く。
「シチ、」
 着物も化粧も女の装いをしているのに、紛うことなきサムライの体をした男が、軍服姿のカンベエを見下ろしている。その余裕のない、獣のような笑顔から目を離せないでいるうちに、カンベエはがしりと腰を掴まれていた。銜えていた指が抜けてほんの少し緩まった蕾に、押し付けられる灼熱。反射的に逃げそうになった体を強く引き寄せられ、シチロージの雄に、体を貫かれた。
「あ、ァ、……っ!」
 あまりの衝撃に、意識が飛びそうになる。圧し掛かるシチロージの体、カンベエの足が押し開かれて、より奥深くを穿つシチロージの逸物。腰に指先が食い込み、引き寄せられ、繋がった部分の奥底を抉られる。若い体は貪欲にカンベエを欲して、このままシチロージに食い殺されそうな錯覚さえ脳裏をちらつく。
「ぅア、は、シ……チっ、」
 指とは比べものにならない質量に割られた菊座がびくびくと痙攣する。シチロージの腕に縋り、必死に耐えるカンベエの双丘に、ぴたりと触れる熱い肌。その逸物の全てをカンベエの体内に押し込んだシチロージが、悩ましげに眉根を寄せながら、ゆっくりと腰を前後に動かし始める。
「カンベエ、さま、ぁ、くッ……」
「は、あァっ、あぁ、」
 金の髪が乱れて、その合間から慾に燃え上がる碧眼が覗く。痛いほどの眼差しが、カンベエを捕らえて離さない。抜き差しのたび、体内の粘膜が、その内側の敏感な場所が、灼熱の杭で容赦なく擦り上げられて、体を引き裂かれそうなほどの熱量と快感とで、頭の中がぐずぐずに溶け落ちていく。
「ッひ、あァっ……!」
 内臓を押し上げられて、呼吸さえ上手く続かない。揺さぶられ喘ぐことしかできないカンベエの、二人の体の間で勃ち上がり露を滴らせる逸物に、シチロージの指が絡み付く。その根本を指でぎゅっと強く掴まれ、遠退いていた意識が一気に引き戻される。体を穿たれる恍惚で限界に近付いていた欲を突然堰き止められて、カンベエは目に涙を浮かべてシチロージを見上げた。そこらの女より余程整った美貌が、額に玉の汗を浮かべて微笑む。その笑みにほんの少し薄ら寒いものが混ざっていて、カンベエは咄嗟にシチロージの腕を切なげに握り締めてしまう。
「お召し物が、汚れます……から、ね……?」
「ぁア、シチ、ゆる、せ……ッ、」
 唇から零れ落ちた謝罪の言葉に、シチロージがほんの少し困ったような顔になったが、それでも彼の指はカンベエの雄を戒め続ける。カンベエへと打ち付ける腰の動きがますます激しくなり、ただされるがままに喘ぐカンベエは、己の耳のすぐ傍で、熱で上擦るシチロージの声を聞いた。
「この一度で、許して……差し上げます、ので、」
「ひ、はァ、も、や、め……、」
「もう少し、だけ、ッ、うァ、くぅ……!」
 突き上げると同時、強く強く腰を引き寄せられ、シチロージにしか許したことのない体の奥底を抉られる。愉悦のあまりに声も出せずに仰け反るカンベエの中、どくりと脈動する熱が弾けて、シチロージの小さな呻きと共に、奔流が体内へと注ぎ込まれる。
「あ、ァ、っ」
「カンベエさま……、」
 どくどくと、カンベエの体の中を満たしていく熱。恍惚の笑みを浮かべたシチロージが、カンベエのはちきれそうな慾からそっと指を解き、それから己の熱を、ずるりと体内から引き抜いた。
「シ、チ、っあ、」
 青年の逞しい肉棒が菊座を捲り上げる感覚と、腹の内に注がれたものが其処から溢れる感触に、びく、と跳ねる体。その体が纏う軍服の上衣の釦を、シチロージの手が一つ一つ外していく。軍服の前がはだけて、内側に着ている服も胸の辺りまでたくし上げられて、カンベエはその逞しい裸体を、シチロージの前に晒す格好となっていた。
 シチロージもまた、己の羽織っている着物を脱ぎ、どさりと畳へ投げる。所々に傷跡の残る、カンベエよりは細身だが筋肉で引き締まったしなやかな肢体が現れ、カンベエは潤んだ目で、その色の白い裸の体を見上げた。シチロージの足の間、先ほど慾を放ったばかりの男根は既に固く昂っていて、その逞しいものに貫かれていたと思うと、それだけで己の下腹部が熱を持ち始めてしまう。
 シチロージの腕がカンベエを抱き、体を起こさせる。半ば脱げかけていた深緑色の上衣がずり落ち、カンベエが身に纏うのは胸まで上げられた服一枚だけになってしまった。腰から下の布は全て剥がれていて、その汗ばんだ浅黒い肌に、シチロージの雪のように白い手が添えられる。尻たぶを割るように添えられた両手に有無を言わさず導かれ、布団の上に胡座をかいたシチロージの、そのいきり立った逸物の真上に、ずっと腰を落とされていく。
「あァ、っ、……!」
 一度目の挿入で緩んだ菊座は、カンベエ自身の重みでシチロージの熱を容易く受け入れ、蕾を割り開く圧倒的な質量にカンベエは仰け反り、慾を耐えさせられていた男根から呆気なく精を放った。擦れ合うほど密着した二人の腹の間で熱が弾け、勢いよく飛び散った白濁がカンベエの体だけでなく、シチロージの体にも飛び散る。それにさえ魅せられるようにシチロージが笑って、抱え込んだカンベエの尻をそっと撫でる。
「そんなに、お辛かったですか?」
「っ、は、し、シチ……、」
 待ちに待ってようやく許された絶頂の余韻で、頭ががんがんと揺れている。恍惚のあまり朦朧となりながら、カンベエは喘ぎの合間にどうにかシチロージの名を呼んで、震える手でその体を抱き締める。そんなカンベエを見つめるシチロージが堪えるような表情になった直後、碧眼の内にどろりとした劣情が渦を巻き、一気に燃え上がった。
「……まだ、入りますよ」
「ひ、ぁ、あァ!」
 とっくに限界まで広がっている気がする菊座を更に指で広げられ、ずぶ、とシチロージの熱が奥へと食い込む。内臓ごと貫かれるような感覚にびくびくと震え、カンベエはシチロージに縋り付く。
「しっかり、掴まってて」
「あ、ま、待てッ、」
「私も、我慢の限界です」
「ッ、シチっ、は、ひァ……!」
 容易く槍を振るうしなやかな腕がカンベエの腰をがっしりと掴み、上下に激しく揺さぶり始める。体内を獰猛に掘削される愉悦に、カンベエは堪らず爪が刺さるほどにシチロージの背へ指を食い込ませ、嬌声を上げていた。先程の交合よりも更に奥深くへ突き入れられる男根に、このまま串刺しにされそうな錯覚さえ生じてしまう。体中がシチロージで満たされ、何も考えられなくなって、カンベエは咄嗟に目の前の色の白い肩に噛み付く。びくりとシチロージの体が跳ね、は、は、と荒い呼吸の合間、カンベエの耳元を揺らす小さな笑い声。
「本当に、ッ、あなたという、お方は……」
 カンベエの中を犯すものの質量が、一気に膨らむ。体の内側から弾けそうなほどの圧迫感に、それのもたらす容赦のない快楽に、カンベエは噛み付く歯にぎり、と力を籠めていた。シチロージは拒まない。それどころか、カンベエの腰を痛いほどに抱き寄せて、がつがつと上下に揺さぶり、その奥底を穿ち続ける。既にもう絶頂寸前の逸物が腹の間で擦られ、カンベエは訳も分からぬまま、無我夢中でシチロージを抱き締める。
「っ、ゥう、く……ッ!」
「ぅあ、カンベエ、様っ、は、あァ……!」
 一際大きく体を突き上げられ、肩口にいっそう強く噛み付きながら、カンベエは勢いよく精を放つ。絶頂にのたうつ体がシチロージの逸物を強く強く締め付け、それに呼応するようにシチロージがカンベエの腰を掴み、奥底に精を叩きつける。
 カンベエはシチロージの肩から口を離し、呆然と己の内に注がれるものの熱さを感じていた。膝の上に座らされた体は脱力しきって、少しも動けない。ぼんやりと目の前を見つめていると、シチロージがそっと、カンベエの顔を覗き込んでくる。片手をしっかりと腰に添えたまま、片手でカンベエの頬を撫でて唇を重ねてくるシチロージに、カンベエは薄く口を開いて応じ、震える舌をシチロージのそれと絡ませた。ぴちゃぴちゃと音を立てながら唾液を混ぜ合わせ、互いの口内に燻る熱を感じて、そうしている間にも、繋がったままの体が欲望に反応して再び昂っていくのを感じる。
「シ、チぃ……」
 唇を解放され、喘ぎながら名を呼べば、小さく笑った古女房が啄むような口付けを一度してから、深く繋がり合ったまま、カンベエの体を布団へ押し倒した。
「はぅ、ア……!」
「まだ、足りません。カンベエ様、もっと」
 シチロージを受け入れる角度が変わり、腹の内側をぐっと押し上げられる。身を仰け反らせるカンベエをシチロージが抱き寄せ、六花が咲いた右手を、同じ花の咲くシチロージの左手が、強く強く握り締める。
「あなたを、感じさせて」
「シチ、ロージ、っ」
 シチロージ以外に許したことのない奥底を、冷めやらぬ熱で抉られる。絡まる指先から伝わる焼けつく温度に酔い痴れながら、カンベエは自由の利く手で、シチロージの背をきつく抱き締めた。

 障子越しに射し込む光から逃れるように、カンベエはのろりと寝返りを打った。
「ぅ……」
 腰がまるで鉛を巻いたかのように重く、思わず顔を顰める。あれからシチロージに求められるまま、幾度となく精を注ぎ込まれた。声が掠れるほどに喘ぎ続け、シチロージの熱を強請り、ぐずぐずに溶け合った最後の方の記憶はほぼ曖昧になっている。だが今、自分が小綺麗な寝間着姿で布団に横たわっているということは、きっとシチロージが女房よろしく甲斐甲斐しく世話を焼いたに違いなかった。
 そんなシチロージの気配が、部屋の中に見当たらない。どこか席を外しているのかもしれないが、今はそんなことを考えるのも億劫だった。体に絡み付く怠さと頭の重さに目を閉じかけた丁度そのとき、廊下と部屋とを隔てる襖の向こうから聞き慣れた声がした。
「何から何まで、すみません」
「良いんですよ。店の人はみんな、おサムライ様に感謝してるんだから」
「じゃあ遠慮なく、お言葉に甘えさせてもらいまさあ」
 廊下に何か物を置く音がしてから、一人分の足音が部屋の前から静かに離れていく。音が聞こえなくなってから、すっと襖が開いて、部屋の中を覗いた顔が、おや、と目を丸くした。
「カンベエ様、お目覚めでしたか」
 見慣れた深緑色の軍服姿。独特の三本髷に結わえた金髪。涼やかな目元をしたいつもの姿のシチロージが人好きのする笑みを浮かべるのを見て、酷く安堵を覚える自分がいた。
 膝をついたシチロージが部屋の中に廊下の膳を入れてから、そっと襖を閉める。炊けた米の匂いと焼き魚の匂い。膳の上には香の物が添えられている。蓋のしてある椀は味噌汁だろうか。
「朝餉までいただけるというので、有り難く頂戴してきましたよ」
 そう言いながら二人分の膳を向かい合うように整えるシチロージを見て、カンベエはゆっくりと口を開く。
「他の、皆は……?」
 喘ぎ続け、渇いた喉でどうにか出した声は、かさかさに掠れていた。シチロージが弾かれたようにカンベエを見て、申し訳なさそうな顔になったかと思うと、ええと、と困ったように頬を掻く。
「皆、夜のうちに帰ったようです」
 言ってから、シチロージがふと、カンベエから目を逸らした。
「女将が色々と、気を利かせてくだすったようでして。あの爺に随分と飲まされたカンベエ様が酔われて、私が介抱して残ることにしたと、そう皆に伝えていただいたようでして」
「そうか……」
「ノブヒロ様は察しておられるでしょうがね。隊舎に戻り次第、謝りに行ってきますよ」
 意外と聡い上官の仏頂面を思い出し、謝罪に行くときは自分も一緒だろうなとカンベエが思っていると、居住まいを正したシチロージが体ごとカンベエに向き直った。未だ床から出られないカンベエに真剣な眼差しを向けて、額が畳につきそうなほど、深々と頭を下げる。
「昨夜は私のために、カンベエ様までも辱めを受け……誠に、申し訳ありません」
「シチ……、」
 おぬしが謝る必要はない――そう言いたかったが、ひりついた喉ではうまく言葉が出せない。顔を上げたシチロージは痛みを堪えるような表情を浮かべ、実は、と小さな声で話し始める。
「先の演習の後に、あの豚に呼び出されたんです。嫌な予感はしたのですが、あの男の立場を考えると、断りもできず」
「そう、か……」
「そのときも酷いもんでした。サムライでいるのは勿体ないなどと抜かしながら、腕やら腰やらを矢鱈触ろうとしてくるから、寝言は寝て言えとその手をひっぱたいてきたのですが、それでは懲りなかったようで」
 その様子を思い出したのだろう、不快そうな顔になるシチロージ。カンベエはこの青年が昨夜、あの男の前に合口を突き立てたときのことを思い出していた。二度と触るなと吐き捨てていたのはきっと、そのときのことだったのだ。
「だからおぬしは、最初から……」
「……奴が何かしら仕掛けてくるとは思っていました。各隊の副官を呼び出したのは、私目当てだと悟られないためでしょうが、奴の名を聞いた時点で、何も起きぬはずがないとは覚悟していました」
 ですが、とシチロージが目を伏せる。秀麗な顔が、また痛みを耐えるような表情になる。
「あの豚は、私だけでなく、あなたまで辱めた。……それが、許せません。最初の時点で、二度とあのような気を起こさせぬよう、思い知らせておくべきでした」
 そう吐露するシチロージを前に、カンベエはやっとの思いで、どうにか体を起こす。頭がずきずきと痛み、体は倦怠感に囚われていたが、それでも布団の上に座って、畳で正座をしているシチロージを見つめた。
「謝らねばならぬのは、儂の方だ……」
「カンベエ様」
「おぬしが辱めを受けるのを、儂は、止められなかった」
 少しずつ話し始めるにつれ、声の出し方を思い出したように舌がようやく動き始める。喘ぎ続けた喉がひりつくように痛んだが、そんなことはどうでも良かった。そんな痛みは、彼が昨日受けた辱めに比べればほんの些末なものだから。
 目の前で正座をした軍服姿の古女房に、昨夜の姿が重なる。そこらの女よりも余程整った美貌で男に凄んでみせた、年若く有望な副官。だがそれは間違っても彼が望んでしたことではない。あの外道から自分自身を、そしてカンベエを守るために、仕方なく行った結果なのだ。そして、己の副官がそのような自らを貶めかねない行動に出ることを、カンベエは止めることができなかった。
「おぬしがあのようなことをする姿を、二度と見とうない。だが、おぬしにそうさせたのは、この儂だ……」
 絞り出すように言って、カンベエは拳を握り締める。自分のせいだという自覚があった。自分のせいで、シチロージは受ける必要のない侮辱を受けたのだ。だが何故かシチロージは酷く穏やかな顔になって、首を横に振る。
「あなたの下に留まれるのならば、こんな辱め、少しも気になりません」
 カンベエを見つめる、空色の静かな眼差し。だがその静けさの内に、何を以てしても揺らがない鋼の意志がある。カンベエはその色に、その強さに眩暈さえ覚えながら、シチロージへと問いかけた。
「何故、そこまでするのだ、おぬし」
「あなたにお仕えすることが幸せだと、申し上げましたよね」
 昨夜の燃えるような怒りも、身が裂かれるような悲しみもない。どこまでも澄み渡った碧眼が、真っ直ぐにカンベエを射抜いてから、自身の左手に目線を落とす。カンベエの右手と同じ六花の彫り物が咲いた手が、ぐっと強く、握り拳を作る。
「私の居場所は、カンベエ様の下にしかありません。この花を捨てるつもりなど、毛頭ありません」
「シチロージ……」
 昨夜も聞かされた熱烈な情は、幾度もカンベエをたじろがせる。顔を上げたシチロージの口元には、いつもの人好きのする笑みが浮かんでいた。
「カンベエ様にこれ以上、刀は要らないかもしれませんが、槍は必要でしょう?」
 冗談めかした口調。昨夜の激情に満ちた声とは違うものの、その言葉は昨夜と同じ想いをカンベエへと伝えてくる。自分から片時も離れるつもりのない副官の言葉を噛み締めるように目を伏せると、不意にシチロージが、カンベエが座っている布団へ近寄った。
 気配を察して、カンベエは顔を上げる。目の前に、一回り近い年下の青年の、拗ねたような表情があった。
「私の気持ち、てっきり伝わってるもんだと思ってたんですが……」
 口を尖らせて恨めしげに呟くシチロージの、その双眸にじとりと浮かび上がる怒りの色に、カンベエは思わずごくりと唾を飲み込む。
「あなたに売られるようじゃ、まだまだ足りないってことですね。カンベエ様?」
 シチロージが手を伸ばす。蛇に睨まれた蛙のように動けずにいるカンベエの頬が色の白い両手で包み込まれ、ぐっと引き寄せられる。
「シチ、」
「大丈夫です。朝から取って食おうだなんて、思ってませんよ」
 役者のように整った顔立ちがにっこりと笑ったかと思うと、唐突に唇を奪われる。れろ、と舌が伸びて口を抉じ開けられてしまえば、カンベエは逆らえない。口内へ入り込み、粘膜をなぞる熱い舌。取って食う気がないなど一体どの口が言ったのかと、燻っていた熱を刺激されて呆けた頭でカンベエは思う。
 ひとしきり貪られたあと、シチロージの口がゆっくりと離れる。唾液で濡れた口元は薄く笑みを浮かべていたが、カンベエを見つめる目には真剣な光が宿っていた。
「添い遂げるつもりのないお方と、このようなことはしません」
「……っ」
「お慕いしております、カンベエ様」
 カンベエの心臓がどきりと跳ねる。まるで自分が生娘にでもなったような心持ちがした。涼やかな目元をした青年がもう一度、唇に触れるだけの口付けを寄越す。
「この命が尽きるまで、お仕えいたします」
「シチ……」
「だから……カンベエ様、私を捨てないで下さいね?」
 最後の一言こそ冗談めかしていたが、カンベエを睨む目は悋気を孕んでじっと絡み付くようで。カンベエは古女房と揶揄される副官が抱えていた情の重さに呑まれながら、一方でそれを心地良く感じてもいた。カンベエとて、あの男にシチロージが奪われるかもしれないと思って、心臓が冷えるような思いをした。彼の未来を思えばなどと綺麗事を並べたものの、シチロージを失うなど想像したくもなかった。そんな己の本心に、カンベエはようやく気付かされたのだ。
「シチロージ」
「はい」
「おぬしの気持ち、しかと受け止めた」
 シチロージが、はっと目を見開く。その美しい碧眼を真正面から見据え、カンベエは微笑んだ。副官として、戦友として、そして情人として、シチロージがカンベエから離れるつもりがないのと同様、カンベエもシチロージを手放すつもりなどないのだ。己の中にあったその感情に正直になって、カンベエは胸の閊えが取れたような、清々しい気持ちになる。
「儂から離れるなよ、シチロージ」
 そう言うと、シチロージが呆気に取られた顔になってから、何故か頬を赤く染めて目を逸らした。
「カンベエ様、今、そういうのは狡いです」
「狡いとはどういうことだ」
 一人で勝手に目を白黒させる古女房が、罪なお方だ、と呟く意味が、カンベエにはよく分からなかったが、この一晩自分を散々に振り回した青年の、珍しく泡を食ったような顔が見られたことがおかしくて、カンベエは頭の痛みも忘れ、くつくつと笑みを漏らした。

 此度の一件を受けた料亭が中央へと山のような領収書を送りつけ、これまでの素行が明るみに出たあの男が左遷されたらしいと、カンベエは後日、上官から聞かされて知った。
 それを知ったシチロージのにんまりとした人の悪い笑顔に、あの日の晩に自分を組み敷いた彼の姿を思い出し、カンベエは一人背筋の寒い思いをするのだが、それはまた別の話である。