熱帯夜に溺れる

 紛い物の夕焼けが、窓の外を束の間、染め上げる。
 日々変わり映えのない故にさして興味も沸かないその光景を横目に見ながら、白龍は執務室のソファに身を沈め、今宵何本目かになるであろう煙草を唇に咥えて火を点けた。息を吸い込めば肺腑に煙草の苦さがじわりと染み渡って、その瞬間だけ心の中が穏やかに凪ぐような、そんな感覚がある。けれども息を吐き出し、紫煙がゆらゆらと部屋の中に消えていくにつれて、再び己の中に浮き足立つような感情が込み上げる。折角気を紛らわせようとしていても、これではまるで逆効果だと、白龍は溜息を吐いた。待っているという気持ちが際立って、そこから目を逸らせなくなる。本当は仕事でもして気を紛らわせるべきなのかもしれないが、こんな状況で仕事が手につく訳もなく、こうする他に時間を潰す術もないのだ。
 待っている、というのも、常識的に考えれば些か奇妙なことではあった。既に夜の帳が下りつつある、勤務が終わりに差し掛かろうかというこの時間に、ここを来客が訪れることなど、よほどの緊急事態でもない限り起こりえないだろう。だが白龍には、確信があった。今宵、必ず「彼」が来るだろうという確信が。
 約束など、存在しない。けれども白龍がそう信じる根拠は、これまでの経験の積み重ねだ。この状況が揃えばこうなるだろうという当然の帰結が、白龍に来客の可能性を確信させている。そして何よりも、その来訪を白龍自身が期待しているのだ。心がじくじくと澱んで熱を持ち、彼の訪問を心待ちにしている。だからこそ気も漫ろになって、無意味に煙草を燻らせる羽目になっているとも言える。
 いつ来るとも分からない、そもそも本当に来るかどうかも分からないその瞬間を、待ち始めてどれほどが経っただろうか。短くなった煙草を灰皿に押しつけ、新しい煙草を咥えかけたそのとき、ぎい、と扉の開く重厚な音がして、白龍は手にしていた煙草を灰皿へと置いた。
 こつ、と部屋に踏み入れる足音。それと共に部屋へと流れ込む、空気までも焼き焦がす灼熱の気配。熱で何もかもを溶かしてしまいそうなそれこそが、白龍が待ち侘びていた男の訪室の証だった。期待通りの展開に喜びを隠せない反面、一体どうやってこの気配で此処まで辿り着いたのかと呆れてしまう。日頃から碌に訓練をしていない一部の衛兵など、気配だけで中てられて倒れてしまいそうだ。廊下で何人もの衛兵が泡を吹いて昏倒している地獄絵図を一瞬想像したが、そんなことは白龍にとっては些事だったから、直ぐに興味の対象から外れていった。今は、この男を迎えることの方が、よほど重要なことだったから。
 こつ、こつ、と規則的な足音が、確実に白龍の元へと近付いてくる。一歩一歩を踏み出すたび、ちりちりと空気を焦がす熱を感じられるようになる。その気配がほぼ真正面に来たところで、初めて白龍は顔を上げ、男の――赤の目をじっと見た。
 赤は口を一文字に引き結んで、黙って白龍を見下ろしている。普段の快活とした様子からは想像もつかない、研ぎ澄まされた刃のような眼光が、真っ向から白龍を貫く。部屋の照明を少し暗くしていたことも相俟って、まるで赤の体から燃え盛る炎が立ち上る様子が見えるようだった。ゆらゆらと気配を燃え上がらせて、赤は白龍の前に立っている。引き締まった無表情に薄い笑みを向けても、その眉はぴくりとも動かない。
「何を、焼いてきた?」
 白龍がそう尋ねた瞬間、赤の双眸に炎が燃え上がった。
 ぎり、と歯を食い縛る音がしたかと思うと、赤がソファの背凭れに手をついていた。そのまま身を乗り出した赤が、白龍に覆い被さる体勢になる。身を焼かれそうな熱が白龍のすぐ眼前に迫って、白龍を見つめる瞳には暗く澱んだ炎が渦巻いていた。白龍の顔の脇に伸ばされた腕に染み付いた、微かな煤の臭い。圧倒的な実力を持つ炎の能力者たる男が、その能力を遺憾なく発揮した他ならぬ証左。
 師兵を束ねる立場である赤自身が反乱同盟の制圧任務に赴くことは、決して珍しいことではない。何故なら赤の炎は、即ち敵への威圧だからだ。圧倒的で情け容赦のない力を見せつけ、反抗の芽を一つも残さず摘み取っていく。公司の英雄と祭り上げられ、一目を置かれる男は、そうしてますますその名声を高めていくのだった。
 だが一方で、馬鹿馬鹿しいほどに優しい男が自らの炎を振るうには、彼が持ち合わせている優しさは枷でしかない。だから赤は、戦闘のたびに自身の感情を燃やして、己の中に備わった暴力のためのスイッチを入れる。慈悲の心を捨て、戦場を駆ける一頭の炎の獣になって、何もかもを焼き尽くす。そうして暴れ回った獣は、公司に帰還する頃にも未だその炎を燃やし、鋭い牙を隠しきれないまま、こうして白龍の元を訪れるのだ。実を言うと、最初の頃こそ白龍がそう仕向けていたが、今となっては何も言わずとも、この燃え盛る獣は白龍を訪ねるようになっていた。
 獣と化した赤の顔が、じっと白龍を見下ろす。普段の穏和な表情からは遠くかけ離れた様相のまま、赤が白龍の傍らに片膝をついて身を乗り出す。体格の良い白龍の上に被さって、その右手が白龍の襟元へと伸びてゆき、何かを掴みかけた寸前でぴたりと止まった。
「何もかもだ」
 灼熱の気配とは裏腹の、ぞっとするような冷たい声が、ぼそりとそう告げる。
「まだ燃やし足りないんだろう?」
 白龍が言い終わらないうちに、赤の瞳が不穏に瞬いた。
 どうにか押し留めていたのだろう右手が白龍のネクタイを掴み、思いきり引き上げる。ぐ、と気管が詰まり、呼吸が一瞬止まって、思わず表情を歪めた白龍の目と鼻の先に、赤の顔が近付いていた。獲物を前にした獣がその一噛みをどうにか耐えているといったふうに、獰猛に目を瞬かせ、それから歯を食い縛る。
「あまり、煽るな」
 荒い呼吸の狭間に漏れる赤の声は、まるで何かに祈りを捧げるかのようだった。自分ではどうにもならない衝動に呑まれかけているのを必死に踏み止まって、救いを求める一頭の獣。白龍は自分を見下ろす赤の目を見つめ返して、ゆっくりと囁く。橙の双眸の中、ちかちかと瞬いては消えるどす黒い炎を消すのではなく、そこに風を吹き込んで、よりいっそう燃え上がらせるため。
「そのために来たんだと思っていたが」
「……、」
 大きく目を見開いた赤の首に腕を回し、後ろ髪を掻き上げるように手を這わせる。顔を寄せた赤の体から、焦げた煤と汗とが混ざり合った臭いがした。この男が獣となって戦場を駆け抜け、そして生還した証を鼻腔に感じながら、白龍は赤のうなじをそろりと撫でる。獣の衝動と理性の抑制との狭間で揺れ動く赤を、哀れに思いながら。
 いっそのこと、血に酔ったとでも言えば良いのだ。言い訳など後からいくらでも取り繕えるのに、生来の実直さが獣に枷を嵌めている。自分自身を雁字搦めに縛り付けて苦しむ獣の首筋に指を這わせ、その体がぞくぞくと震えるのを感じながら、白龍は赤の耳元に口を寄せた。赤が燃え盛る獣ならば、白龍はそれに絡みつく一匹の蛇だ。かつて人を原罪へと誘惑したのと同じ舌で獣へ囁きかけ、その枷を壊して本能を解き放つ、邪悪で狡猾な蛇。
「お前に口実を与えてやる、赤」
「口実?」
「俺がお前を煽って、お前はそれに乗った。そういうことにしてやる」
「白龍、」
 秘め事のように囁いてから、白龍は赤の顔を覗き込んだ。白龍をじっと見つめる赤の瞳の中で、炎が渦巻き、燃え上がる。己を縛り付ける枷を解かれて、獣が今にも獲物へと飛びかかろうとしている。そのどろどろに燃え盛る色の瞳が――その色の瞳をした男に抱かれるのがどうしようもなく好きだから、白龍は己を獣の前に無防備に晒すための、最後の一押しを口にした。
「好きなだけ食い尽くしてみろよ」
 一瞬、空気が凍り付いたような間が空いた。
 赤の手が、白龍の胸元から離れる。そしてその直後、赤の指が何の前触れもなく、白龍の口をこじ開けた。
「っ、ふ、」
 人差し指と中指を口の中に押し込まれ、頬の粘膜を掻き回される。ぎらついた一対の瞳に見下ろされる白龍はその意図を察して、赤の指にしゃぶりつきながら、自ら ベルトの金具を外し、ズボンの前を開いていく。赤の目が白龍の行動を無言で急かすのを感じながら、白龍は熱を持った指に舌を絡ませ、唾液でねっとりと濡らしていく。
 白龍がジッパーを下ろし終えるや否や、案の定、赤の指がずるりと口の中から引き抜かれた。ぬるついた唾液が糸を引き、てらてらと濡れた指が白龍の目の前に翳される。白龍はソファに座ったまま足を開いて、ズボンの下に隠されたものを少しでも曝け出すようにする。そんな白龍をじっと見下ろす赤が身を屈め、白龍の下着の中に手を突っ込むと、開いた足の間に何の迷いもなく辿り着き、まだ固く閉ざされた蕾を指でなぞる。唾液で濡れた指の先端をつぷ、と押し込まれて、ひくりと体が反応した瞬間を狙うように、指が一本、ぐっと腸内に侵入する。
「っ、」
 襲い来る違和感に、白龍は唇を噛み締める。唾液で濡らしたとはいえ、その僅かな湿り気だけで体内をまさぐられて、じんじんとした鈍い痛みが白龍の後孔を苛む。こんな乱雑なやり口は、普段の赤とのセックスでは有り得なかった。誰よりも白龍の体を丁寧に扱うはずの男に、あまりにも無遠慮に体を拓かれている。
 これが他の男であれば殴り飛ばしていただろうが、今そうやって白龍の体を抉じ開けているのは他ならぬ赤で、白龍は赤が相手ならば何もかもを許容してしまうのだ。だから痛みに呻きつつも、白龍は赤に体を明け渡すどころか、その先を誘うようにゆらゆらと腰を振ってみせる。その誘惑に中てられたのか、一本で中をまさぐっていた指が二本に増えて、窄まる蕾を割り開くように押し広げていく。
「は、ゥあ、」
 根本的に異物を受け入れる場所ではない肛門が、痺れるように痛い。けれどもその一方で、赤から乱雑に扱われて求められているという現実に、体は少しずつ愉悦を覚え始めていた。密着する赤の体から煤の臭いと汗の臭いがして、心地良いわけがないその臭いにさえくらくらと酔い痴れていく。
 赤の指に犯され、赤の体温と臭いを感じて、五感の全てを目の前の男に囚われる白龍の逸物に、不埒な熱がじわじわと集まり始めている。唇を噛みながら、白龍は己の足の間、下着の上からでも分かるほどに少しずつ膨らみつつある性器へと目を遣った。赤という存在を全身に浴びせられ、淫らに興奮しつつある体。白龍の目線に気付いたらしい赤が、もう一方の手で下着越しにその膨らみを押さえつけ、ぐり、と掌で摺り上げた。
「く、ァ……!」
 思わず声が漏れ、びくりと腰が跳ねる。元々そこを触られるのに弱い自覚はあったし、それが赤の手ならば尚更だった。大きな掌で布越しに逸物を擦られて、どろ、と先走りの蜜が溢れ出し、下着に大きな染みを作っていく。
 白龍が身を捩っても、赤の手は動きを止めない。むしろ白龍の体の角度が変わったことで赤の指がより深くへと入り込んで、白龍の中を掻き回し、ぐぷりと大きく押し広げる。次第に乱れる呼吸、白龍は赤の首に縋り付きながら、どうにかネクタイを解いてソファの後ろへ放り投げ、シャツの襟元を緩めた。乱雑に体を開かれ、乱暴な快楽を注がれて喘ぐ肺腑に、ようやく新鮮な空気が流れ込む。白龍はどうにか呼吸を整えながら、抱き寄せている赤の頭を二、三度軽く叩いた。
「ぁア、せき、もう……いい、」
 体は決して丹念に慣らされたとは言えないが、もう、十分だった。指で腸の中を掻き回され、嫌というほど欲情させられて、白龍の肛門はひくひくと物欲しげに蠢き始めている。淫らに腰を揺らし、自らの陰茎を赤の手へと押しつけながら、白龍が懇願するようにそう呟いたところで、白龍を責める指の動きがぴたりと止まった。
 赤が一瞬、白龍を睨む。その瞳は紛れもない捕食者の光を宿していて、被虐の興奮に白龍が唾を呑んだ瞬間、ずるりと勢いよく指が引き抜かれた。その感触にさえもじんじんと下腹部が疼いて、白龍は仄暗い期待にぞくりと身を震わせる。身を起こした赤が自身のベルトを緩めるのを見て、白龍は一瞬懊悩の籠もった息を吐き出してから、赤に背を向けてソファの上で膝立ちの格好になった。背凭れに上体を預けて、まるで赤に見せつけるように下半身を突き出す。そうしながら、先走りでどろどろに濡れた下着ごとズボンを膝の辺りまで下ろして、自分でもはっきりと分かるほどに厭らしく開閉を繰り返している蕾を、赤へと曝け出す。
「んァ、」
 燃え盛る炎の気配がすぐ背後に立って、白龍の引き締まった双丘を、赤の手が鷲掴みにした。指が食い込むほどの力で掴まれ、ひくつく肛門をぬちりと割り開かれる。これから何をされるかなど振り返らなくても明らかだったから、白龍はよりいっそう尻を突き出し揺らしながら、淫らに赤を誘う。
 赤が息を吸い込む音、直後にぴたりと灼熱が蕾に押し当てられ、まず先端が、めり、と縁をこじ開ける。ここまで来れば、その瞬間はもうすぐそこだった。それへの期待と一抹の恐怖とでごくりと唾を呑む白龍の腰を、赤の手が掴む。決して逃さないと言わんばかりの力を両手に込められて、来る、と思った刹那の後に、一本の巨大な杭のような逸物に、ずぶ、と体を貫かれた。
「ッあ、くゥ……!!」
 凄まじい質量の熱が、めりめりと肛門を容赦なく割り開く。咄嗟に腰が引けそうになったが、爪が食い込むほど強く掴まれた体は逃げることもできず、いきり立った赤の肉棒を呑み込まされていく。太さも長さも十分すぎるほど立派な逸物を、お世辞にも丁寧に解されたとは言えない排泄器官で受け入れさせられる苦痛と、待ち侘びていた赤自身の慾を体に受け止めているという興奮とが混ざり合い、脳の回路が焼き切れたかのように何も考えられなくなる。
 直腸の襞を抉じ開けるように侵入し、内臓を押し上げていく圧倒的な質量。白龍が身悶える間にも赤は淡々と腰を進めて、やがて直腸の奥を、腹までも押し上げられるような感覚がしたと同時に、赤の体が白龍の尻にぴたりと触れた。男の逸物が一番奥まで入ったのだと理解し、緊張で強張っていた体から力を抜いた瞬間、ずる、と灼熱が引き抜かれて、そして思いきり、奥を突き上げられる。
「っ! ぁ、ンうッ、ぅ、ア……!」
 赤が大きく腰を動かし始め、白龍の中を掘削するように責め立てる。えらの張った亀頭で引き抜きざまに腸内の粘膜を掻き乱され、ばちんと腰を打ち付けられは内臓を押し上げられるほどに最奥を穿たれる。ごりごりと体内で動く肉棒に腸壁の内側の前立腺を容赦なく擦られて、白龍は瞬く間に肛虐の興奮を覚え始めていた。赤自身の滴らせる先走りが潤滑油代わりとなって、抜き差しのたびに肉の引き攣れる違和感が薄らいでいくのも相俟って、尚更セックスの愉悦だけが、白龍の五感を支配していく。
「くゥっ、んぅ、ッあ……ゥ、」
 ぱん、ぱん、と赤の腰が白龍の尻を打つ音と、ぬぷ、じゅぷ、と結合部から響く淫靡な水音。獲物を捕らえるように腰を掴み、欲望のままに白龍の最奥をがつがつと抉る赤の遠慮のない動き。獣のように欲情した男に慰み者にされているのに、その相手が赤だというだけで、どうしようもないほどの興奮に満たされる。腰を叩きつけられるたび、白龍の股間ではきちれんばかりに膨らんだ逸物がぶるりと揺れ、溢れる先走りがソファに飛び散っていく。
「ンふゥ、んア、く、ぅ」
 ともすれば容易く溢れそうになる声を噛み殺し、白龍はソファに縋る腕に力を込める。そんな白龍の腰から赤の左手が離れて、快楽に呑まれつつある脳が疑問を感じた直後、頭を掴まれ首をぐっと仰け反らされた。上向きにされる顔、思わず口が開いたその瞬間に、凶悪なほどの逸物で、どすん、と最奥を抉られる。
「あァッ、せき、ひァ、ふ、アぁ……!」
 一度溢れ返った声を止める術などなく、赤の欲望を叩きつけられるたびに白龍は嬌声を漏らすことしかできない。それに呼応するように赤の動きが激しくなり、体の奥底を何度も突き上げられ、責め立てられる。白龍の中でますます質量を増していく熱、ふ、ふ、と漏れ落ちる赤の荒い呼吸。ぐずぐずに蕩け始めた内壁を駄目押しのように肉棒で抉られて、白龍の視界がばちんと白く爆ぜた。
「ぅア、ァあッ……!!」
 全身が絶頂の真っ直中に突き落とされ、思考が愉悦でもみくちゃにされる。がくがくと震える体、透明の蜜が性器の先端からしとどに溢れ返り、最奥を犯し抜かれた肛門がぎちりと赤の熱を締め付ける。赤の小さな呻き声とともに腰を思いきり引き寄せられ、絶頂を迎えて赤の肉棒へと絡み付く腸内に、どく、と熱い奔流を注ぎ込まれる。
「っは、ぁア、んゥ……」
 体の一番奥にどくどくと流れ込んでいく赤の精液。体内へ注がれるその熱さに喘ぎながら、白龍は自分の逸物が痛いほどに勃起するのを感じた。白龍の負担になるからと、普段は必ず避妊具をつける男に、直接精を注ぎ込まれているという、どこか背徳的な興奮が白龍の背筋をぞくぞくと震わせる。射精せずに絶頂を迎えたこともあって、自分がまるで女にされて赤に孕まされるような、そんな錯覚に陥る。それでも構わないとさえ思ったから、白龍は赤に掴まれた腰を揺らし、汗ばんだ尻を赤へと擦り付ける。
 赤に抱かれるときは、いつもこうだ。この男にならば何をされても構わないと思っている体が、彼に与えられるどんな行為にも浅ましく発情してしまう。白龍自身も上手く処理できないほどの感情に呑まれ、白龍は赤に溺れ、よがり、狂わされる。今もこんな行為に苦しいほどに欲情し、続きを強請って、白龍は悩ましげに身をくねらせ、赤を誘ってしまう。
 そんな白龍の胸中が伝わったのか、赤は一度達した逸物を抜くことなくその身を屈め、白龍の体を後ろから抱き締めるように腕を回した。焼け焦げた煤の臭いと、体に染み付いた汗の臭い。赤の獣のような呼吸が首筋を揺らして、うなじを撫でるその感触に、温度に、白龍の興奮が一気に駆り立てられる。
「あァ、く、はゥん!」
 白龍を抱き締めた赤が、再び腰を動かし始める。ぱんぱんと肌のぶつかり合う音、じゅぶじゅぶと体内に注がれた精が掻き混ぜられる音。滑りの良くなった腸内の襞が逸物に掘り起こされるように抉られ、どすどすと直腸の奥を突き上げられて、絶頂を迎えたばかりの体を容赦なく蹂躙される。ただでさえ絶頂に溺れていた体は瞬く間に悦楽の渦へと引き摺り込まれ、白龍は体を揺さぶられるまま、喘ぐことしかできない。
 仰け反り喘ぐ白龍の襟元に触れる、大きな手。緩めていたシャツの襟を後ろから掴まれ、引き下ろされて、熱い吐息が首筋を揺らしたかと思うと、びり、と鋭い歯の食い込む痛みが皮膚に走った。
「ッあ、は、ぁウ……っ!」
 肉食獣が獲物を捕らえるように強く噛み付かれ、腰を打ち付けられて後孔を遠慮なく犯される。肉体的な快楽を突き詰めるような、まるで交尾のようなセックスに、白龍の心も体も興奮のただ中でもみくちゃにされて、自分の体へ圧し掛かる赤の存在しか感じられなくなる。ぎりぎりまで陰茎を引き抜かれてはどずんと体の奥を突き上げられ、激しい抜き差しのたびに結合部から赤の放った精が溢れ出し、白龍自身から滴る蜜と混ざり合って滴り落ちていく。足元の服もソファもどろどろに汚れているのは明らかだったが、そんなことが些末に思えるほどの愉悦に満たされ、思考をぐずぐずに溶かされていく。
 赤が白龍に腰を打ち付けるたび、首筋に噛み付く歯がより深く食い込む。ずく、と蕩けた内壁を擦り上げながら直腸の奥を掘り起こされた瞬間、首の皮膚が裂ける刺すような痛みと、それ以上の快楽が、白龍の全身に叩きつけられた。激烈な刺激に肛門がびくびくと痙攣し、己の内に銜えた赤の逸物を食い千切らんばかりに締め付ける。白龍を抱き締める赤の体ががく、と大きく震えて、白龍の内、はちきれそうなほどに膨張した赤の逸物が脈動し、どぷりと勢いよく精を放った。
「っ、ぅあ、ァ……」
 どく、どく、と体内に子種を注がれて、白龍は迸るその熱さを恍惚の表情で受け止める。精を注がれる白龍の、勃ち上がった陰茎からはとめどなく透明の蜜が滴って、理性ではとっくに制御できなくなった興奮が、白龍の全身を駆け巡っていた。
 ぶるぶると小刻みに震える体を、赤の腕にくたりと預ける。そのまま荒い呼吸を落ち着かせようとしていた白龍は、首筋に食い込んでいた赤の歯が離れるのを感じた。熱くじんじんと痺れるその傷を、べろりと舐め上げる舌。ひりつく痛みが電流のように皮膚を走り抜けて、ぐ、と息を呑む。そんな痛み混じりの行為にも興奮して、勃起した陰茎から零れ落ちる蜜。
 浅ましい自分自身に呆れてしまうが、白龍の体は赤から与えられる痛みに正直に反応して、こうしてどうしようもなく劣情を催してしまう。日頃から欠かさないはずの純水での防御を解いている時点で、それは明白だった。この男にならば、傷痕を残されるのも構わないと思ってしまう。自分でも信じられないような感情だったが、赤が相手ならば、白龍は全てを許してしまうのだった。
「白龍」
すぐ耳元、白龍の名を囁く熱の籠もった声。情欲に塗れた声が白龍の鼓膜を震わせて、込み上げる興奮にぞくりと背筋が震えた。赤の手が白龍の胸を、腹を辿ってゆるゆると滑っていき、膝立ちになった足の間、固くその存在を主張する逸物をおもむろに握る。それだけでも恐ろしいほどの快楽に襲われて身を仰け反らせる白龍の肉棒を、赤が緩やかに手を動かし、扱き始める。
「あ、ァあっ、はゥ、んア、ひぅッ……!」
 肉厚の掌が白龍の逸物を包み、先走りでどろどろに濡れた肉棒を摺り上げる。限界近くまで昂っていた慾は、赤の手淫の前にはひとたまりもなかった。
 腰から背骨を伝って一気に脳天へと駆け上がる快楽、赤の熱を銜え込んだままの蕾をびくびくと痙攣させながら、白龍は赤の手の中にびしゃりと精を放つ。射精の恍惚に脳を揺さぶられながら見下ろす先、己の逸物を掴んだ赤の指の間から精液が滴り、黒革のソファに白い染みを広げていく。ぜえぜえと呼吸を整えきらないうちに、赤の手が離れたかと思うと、白龍の薄く開いた唇が抉じ開けられ、精液塗れの指を口内に捻じ込まれた。
「んぅ、ふぁ、」
 口の中に広がる男臭い苦みに白龍は思わず顔を顰めながら、それでも従順に赤の指をしゃぶり、己が吐き出した精液を舐め取っていく。獣と化した赤から乱暴に辱められることに体は浅ましく興奮して、ぬらぬらと腰を揺らし、まだ繋がり合ったままの赤の腰に尻を擦り付ける。絶頂の余韻でひくつく肛門が銜え込んだ赤の熱を嫌というほど意識して、自分がまだまだ飢えていることを否応なしに痛感させられる。ぐちゅぐちゅとわざとらしく音を立てながら白龍の舌に指を絡ませる赤も、きっと同じだ。まだまだ足りないからこそ、こうやって白龍を辱めて、劣情を駆り立てている。
 淫らに腰を振りながら舌を動かしていた白龍の口から、赤の指が抜け出していく。名残惜しいという気持ちが一瞬過ぎった瞬間、ずる、と赤の陰茎が、腸壁を抉りながら引き抜かれた。
「んヒ、ぁアっ」
 ごぷ、と精液の溢れる淫猥な音が、嫌でも耳に届く。銜えるものをなくしてはくはくと厭らしく収縮する肛門からどろりと精液が流れ落ち、太股を伝い落ちる感触。その熱さに劣情を駆り立てられ、ぶるりと体を震わせながら振り返った先、立ち上がった赤が服を脱ぎ始めているのが見えて、白龍も震える手で自身の服に手をかける。
 赤の全てを感じるために、肌に纏わりつく布は邪魔でしかなかった。二人の体液でどろどろに濡れた下着とズボンをどうにか脱ぎ去り、床へ放り投げる。皺くちゃになったスーツの上着も投げ捨てて、ワイシャツのボタンを二つ、三つ外していた手を、不意に掴まれた。逞しい裸体を剥き出しにした赤が、ぎらついた肉食獣の目をして白龍を睨み付けている。その股間の熱の勢いが全く衰えず、むしろ一段と固く勃ち上がっているのを見て、白龍は腹の奥底が期待で疼くのを感じた。もっと奥まで貫かれ、容赦なく犯されて、赤の全てを感じたい。そんな不埒な慾が一気に疼いて、精を放ったばかりの白龍の陰茎もまた、むくむくと鎌首を擡げ始める。
 掴んだ手をソファに押し付けられ、体を倒される。両足の膝裏を掴まれ足を持ち上げられて、まるで体を二つ折りにされたような体勢で赤に見下ろされた。これからの行為を期待して勃起した逸物も、赤に注がれた精を溢れさせながらひくひくと蠢く肛門も、全てを赤に見られている。突き刺さるような視線を股間に感じて、本能的に閉じようとした足を更に大きく開かされて、挙げ句には赤が白龍の手を掴み、広げた状態の足を自分自身で持たされる格好になってしまう。
「足、持ってろ」
「ッ、」
 拒否権など無いかのように冷たく言い捨てる赤の、獣の劣情の渦巻く双眸と視線がかち合い、普段では有り得ない男の乱暴な行動に、白龍の体が被虐の興奮でぞくぞくと震える。あまりにも羞恥心を煽られる屈辱的な格好だったが、赤が自身の先端をひくつく蕾に押し当てた瞬間、そんなことはどうでも良くなってしまった。物欲しげに収縮する肛門へ、待ち望んでいたものが差し出される。血管が浮き立つほどに充血した肉棒が、みちりと襞を割り開き、再び白龍の内側へと侵入していく。
「あァッ……!!」
 既に嫌というほど蕩け、赤の精と自身の愛液とでぬるついた後孔は、一度目の挿入よりも遙かに容易く赤を呑み込み、奥への蹂躙を許した。待ち侘びていた赤の熱に直腸の襞が絡み付き、吸い付いて、決して離さないと言わんばかりに締め付ける。獰猛な表情で見下ろす赤がその圧にほんの少し顔を顰めたが、それでも構わずに腰を進めていく。一片の情け容赦もなく、肉棒が白龍の体内を割り開いて、根本まで入り込んだ途端、赤が腰を前後に大きく動かし始める。
「ふ、あァ、うゥっ、ぅア……!」
 がつがつと体の奥底を突き上げられ、慾で蕩けきった内側を掻き乱される。前立腺のある敏感な箇所を抜き差しのたびに肉棒でごりごりと擦り上げられ、腹の上でぱんぱんに膨らんだ性器からぼたぼたと蜜が溢れ続ける。
 体内の性感帯を容赦なく責め続けられ、喉を仰け反らせて喘ぐ白龍を、赤が見下ろしている。何もかもを食らい尽くすような獣の目。燃え盛る獰猛な眼光に射抜かれ、圧倒的な快楽が体中を駆け巡って、どすりと最奥を突き上げられた瞬間、白龍の頭の中で悦楽の火花が飛び散った。
「ぁ、アぁ……ッ!」
「っ、ぐゥ……!」
 己の腹の上にどろりと溢れ返る透明の蜜。射精しないまま絶頂のさなかへと突き落とされた白龍の体ががくがくと震え、ぎゅうと収縮した肛門が赤の逸物を思いきり締め付ける。それに呼応するように赤が低く唸って、白龍の腰を強く強く掴んだ。
 体の中で熱が弾ける感触がして、直腸の奥に熱い奔流がどくどくと流れ込む。絶頂を迎えた赤に精を注がれているという恍惚に白龍は呆然としながら、まだ全身を駆け巡る愉悦の余韻に溺れ、とろりとした目で赤を見上げる。そんな白龍を見下ろす赤は、ぜえぜえと荒い呼吸をしながら、それでもぎらぎらと不穏な光をその橙の眼に宿らせていた。そんな目をした男が白龍の腰を掴み直し、白龍がその意図に気付くか気付かないかの間に、再び腰を大きく動かし始める。
「ッひ、あァっ、ぁう、ひゥんっ!」
 絶頂を迎えさせられたばかりの体にぶつけられる、暴力的なまでの快楽に、白龍は嬌声を上げることしかできない。すっかり蕩けて敏感になった腸の襞が赤の灼熱に擦り上げられ、全身を駆け巡るあまりの悦楽に何も考えられなくなる。体内を抉る赤の逸物、腰に食い込む赤の指先、獣のような荒い呼吸、爛々と輝く瞳の色、白龍の腹の上に滴る汗。白龍の体も心も何もかもが、今自分を抱いている赤だけを認識して、あまりの興奮に打ち震えている。ぐずぐずに溶けた奥を何度も何度も突き上げられ、蹂躙され、掘削されて。悦楽で麻痺した頭の中が真っ白く弾け、腰から脊髄を走り抜けて全身の神経を戦慄かせるような快楽に押し出され、白龍は声にならない声と共に仰け反りながら、びゅる、と精液を勢いよく迸らせた。
「ぁ、ああ、アぅ、」
 溜まっていた慾が一気に爆発し、半端に体を覆うワイシャツや顔にまで白濁が飛び散る。全身を駆け抜ける射精の恍惚に五感を支配される白龍の中に、再び灼熱の奔流が注ぎ込まれた。赤が歯を食い縛り、眉根を寄せて、どくどくと脈動のように白龍の中へ精を放つ。
 碌に思考の回らない頭で、ただ赤から与えられるものの温度だけを感じる。まるで自分の体内が赤で満たされていくような感覚に、白龍の体が歓喜に震えて、決して赤を逃がすまいというように腸壁が収縮し、赤の肉棒へと絡み付く。その締め付けに赤が微かに呻きながらも、息を堪えるようにしてずるりと陰茎を引き抜いた。締め付けていた敏感な粘膜を逞しい肉棒が擦り上げる感覚に身悶えるのも束の間、先端が引き抜かれた瞬間に大量の白濁が、ごぷ、と緩んだ後孔から溢れ返り、ソファへ流れ落ちる。
 尻穴を濡らす感覚にまでもびくびくと身を震わせながら、白龍はどうにか体を起こし、ふうふうと荒い呼吸をしている赤と向き合った。白龍の中から引き抜いたばかりの陰茎が、自身の放った白濁でどろどろに濡れている。まだ完全には萎えていないそれに目を遣り、己の中で一つの不埒な衝動が沸き起こる。
「白龍……?」
 その衝動のままに白龍はソファから半ばずり落ちるようにして床に膝をつくと、赤の足の間に割って入る。頭上から赤の戸惑うような声がしたが、気に留めなかった。幾度も慾を放ったにも関わらず、未だ衰えを知らない赤の逸物。白濁でてらてらと濡れたその肉棒に口を近付け、白龍は躊躇いなく、その先端を口に含む。
「っ!」
 赤の太股がびくりと震える。口内にむわりと広がる男の臭い。何度飲み込んだところで美味いなどとはまるで思わない精の味だが、それが赤のものならば話は別で、一滴残らず飲み込んでしまいたかった。
 亀頭の先から舌を這わせ、竿へと伝って、ぴちゃぴちゃと音を立てながら陰茎を濡らしている精液を舐め取っていく。白龍が舌を這わせるにつれ、少しずつ赤の肉棒が堅さと質量を増していくのが分かって、それを今まで受け入れていた白龍の後孔もひくひくと厭らしく疼き始める。
「ん、ふ……ゥ、」
 舌を動かしてひとしきり白濁を舐め取ってから、白龍は緩やかに勃起を始めた性器を喉の奥に誘う。びく、と跳ねる赤の太股を押さえつけて股間に顔を埋め、喉の奥までいきり立った肉棒を迎え入れる。戦場から生還したばかりの男の、煤と汗の臭いが一気に鼻をついて、その臭いにさえも興奮しながら、白龍は喉に含んだ亀頭をじゅる、と吸い上げた。自分の排泄器官を犯していた逸物を、こうして口に含み、浅ましく奉仕している。そんな倒錯めいた行為にも信じられないほどの劣情を覚えて、白龍は腰を淫らに揺らし、肛門からぼたぼたと精液を滴らせながら、赤への口淫を続ける。
「くゥ、お前っ、もう、やめ……!」
 喘ぎ混じりの赤の懇願を無視し、その逞しい逸物の根本近くまで口内に咥え込んで、白龍は脈打つ肉棒を吸い上げ、太い竿にれろ、と舌を絡ませる。口の中で逸物が膨らんでいくのを感じるうちに、それを受け入れていた肛門がどうしようもなく疼き始めて、白龍は赤に犯される様を想像しながら、物欲しげな後孔を慰めるように指を押し込み、くちゅくちゅと掻き回し始めた。
 何度も責められ続けて敏感になった腸壁を指で擦り、中に注がれた精液をじゅぷじゅぷと音を立てて掻き回す。肛門が無様にひくつき、そこから溢れ返った白濁が太股を伝う感触にさえ、脳髄が痺れるほどの快楽を覚えてしまう。まるで赤の手に体を開かれているような錯覚に欲情しながら、白龍は顔を前後に動かし、喉や頬の粘膜で赤の逸物を擦り上げる。喉の奥をぐりぐりと突き上げられ、苦痛混じりのその行為にすっかり興奮して、自身を責める指の動きも激しさを増していく。
「ッ、あぁ、っ!」
「……っ!」
 じゅる、と喉の奥の熱を思いきり吸い上げた瞬間、口内で陰茎が大きく脈動した。
 どくりと喉に奔流を叩きつけられ、体内へと灼熱が流れ込む感覚。噎せそうになるのを堪え、根本まで逸物を咥え込み、白龍は赤の放った精を一滴残らず飲み込もうとする。流れていく精の熱さを感じながら、白龍もまた、すっかり発情した慾を持て余すかのように、全身を震わせながらびしゃりと精を放っていた。
 床についた膝の間、自身の精と赤の精とが混ざり合い、白い水溜りが広がっていく。自分の足を汚すその感触に恍惚の吐息を漏らしながら、白龍は顔を上げ、射精を終えた赤の陰茎を、放った最後の一滴までも逃さないように口を窄めながら、ずる、と引き抜いた。どろりと口内に残る苦い味。頬や喉にこびりついた熱をごくりと音を立てて飲み込んでから、白龍は赤を見上げる。息を堪えて白龍を睨んでいた赤が、ばつが悪そうに目を逸らす。
「気が済んだか?」
 白龍を見下ろす赤の瞳からは先刻までぎらついていた光が鳴りを潜めて、普段通りの穏やかな輝きが戻っていた。どうやら赤の中の獣はその暴力に満足し、塒に戻っていったらしい。己の下腹部がじんじんと疼くのを感じて、まだもう少し暴れ回ってくれても良かったのだが、などと白龍の脳裏に不埒な思いが過ぎるが、一度こうなった赤にそれを求めても無駄だということは、白龍自身もよく分かっていた。赤という男は乱暴なやり方を決して好まないし、自分自身がそういう行為に走ってしまったことに罪悪感を抱えずには居られない、そういう男なのだ。
「……すまない」
 だから、俯いた赤の口から案の定、謝罪の言葉が漏れ出て、白龍は思わず笑いそうになってしまった。
「何故謝る。俺が煽ったからだろう」
「そうじゃないことは、お前が一番分かっているはずだ」
 暗い表情になった赤を見上げ、白龍は内心溜息を吐く。そんなことは、赤に言われなくても分かり切っているのだ。それでも白龍が珍しく慰めの言葉をかけたのは、赤の抱える後悔があまりにも余計だったからだ。
 白龍は自分がされて嫌なことを渋々受け入れるような性格ではない。赤に犯されることが嫌ならば、そもそも拒絶するに決まっているのだ。獰猛な獣の気配を滲ませる赤に抱かれたいと思ったからこそ、白龍は赤を煽った。今回の一件の責任の半分は煽られた赤にあって、もう半分は煽った白龍にある。だから、赤一人がその責任を抱えようとするのは、あまりにも見当違いというしかなかった。
 白龍はゆっくりと立ち上がる。太股を伝い落ちる精液の熱さにぞわりと身震いしながら、ソファに座る赤の膝に跨がる。瞠目する赤の体に腕を回し、その橙の美しい眼差しをじっと覗き込む。どこか不安の色を湛えて揺れる瞳に、毒のごとき甘言を吹き込むために。
「お前は、俺が無理矢理抱かれて耐えているとでも思っているのか?」
 一瞬躊躇するような間が空いてから、いや、と小さく答えた赤が首を横に振った。まるで白龍に遠慮したかのようなその間に笑いながら、白龍は赤に顔を近付ける。鼻先がぶつかりそうなほどの距離で、秘め事のように、小さく囁く。
「ならば、そういうことだ」
 赤が何か言いたげに口を開いて、そして閉じる。もう一度首を横に振ってから、白龍の目をじっと見つめ返す。その橙の瞳には苦悩の色は幾分和らいでいたが、白龍を労わるような光が、ゆらゆらと揺蕩っている。
「……痛かっただろう」
 赤の言葉が何を指しているのか、一瞬分からなかった。伸ばされた赤の指が白龍の首筋、血の滲んだ歯形に触れる。ぴり、と引き攣れるような痛みと、そこから広がる、鎮火しようのない確かな熱。
「お前でなければ、許していない」
 その瞬間に愉悦で腰が揺れたことに、赤は気付いただろうか。痛みなど、ただの痛みでしかないはずなのに、赤に与えられるものならばどうしようもなく許容してしまう自分。ぽつりと漏らした本音を、けれども赤は信じていないような顔をして聞いている。
「俺には、お前がよく分からない」
「お前が余計な深読みをしているからだろう」
 赤には白龍が理解できない。それは今に始まったことではなかった。お前の言うことは嘘か本当か分からないといつも言っていて、恐らく白龍の言葉がほとんど全て嘘なのだと思っている。だから、白龍の零した言葉が他ならぬ本心なのだということが、赤には認識できないのだ。
 けれども多分、それで良いのだろう、と白龍は思う。白龍と赤との間にはどう足掻いても埋められない隔たりがあって、言葉では誤魔化せないその距離を埋めるように、体を重ねている――少なくとも赤はそう思っている。だが白龍にとっては、そんなことはどうでも良かった。たとえ理解し合えなくとも、体の相性が良くて、セックスが出来ればそれで良い。少なくとも何をされても良いと思うほどには、白龍は赤を気に入っているのだから。
 きっと赤には、この関係を続ける口実が必要なのだ。分かり合えないということが、この男にとっての口実になっている。そしてその口実を赤に与える白龍の方こそ、セックスのための口実を求めているのだろう。この男を手放したくないと思っているから、赤から見て手放したくないと思わせて、こうして捕え続けている。
 白龍は赤へとにじり寄り、体をぴたりと密着させた。ぬるついた互いの性器が触れ合って、ぶわ、と背筋をこみ上げる不埒な熱。はあ、と悩ましげな息を吐き出しながら、白龍はぐっと息を堪えた赤の首筋に顔を埋めた。裸体にこびりついた煤と汗の臭いが鼻腔を掠める。こんなもので欲情するなんて、我ながらどうかしているに違いない。それでも白龍は、赤の存在に狂おしいほど興奮してしまっている。きっとその反応に、どんな理由も必要ないのだ。ただ赤を求めているという、その事実だけあれば、白龍には十分だった。
「まだまだ、足りなさそうだな?」
 そして赤も、ぶつかり合った逸物を緩やかに反応させて、込み上げる興奮を隠せていない。そんな赤を挑発するように笑えば、赤が僅かに頬を赤らめ、ぐっと歯を食い縛って、拒絶するように白龍の胸板を押した。
「これ以上は、駄目だ」
「ほう?」
 どう見ても発情しきった体でそれを言うかと笑いたくなった瞬間、赤と目が合って、白龍は思わず息を呑む。穏やかな橙色の瞳の中に点る、不埒な熱。獰猛な獣の輝きとはまた少し違う、劣情でどろどろと澱んだ光。
「俺が此処を片付けるから……続きは、その後では駄目か?」
「っ、」
 後孔が期待でひくつくのが分かる。どちらかというと禁欲的な男が不意打ちのように見せる、人間らしい欲望の色。その光に心が支配され、搦め取られて、もうその先のことしか考えられなくなる。
 白龍は己の中に込み上げる期待を悟られないよう、素っ気ない風に溜息を吐いて立ち上がる。できることなら今すぐここで無茶苦茶に抱かれたかったが、後からの約束を取り付けただけでも重畳だ。脱ぎ捨てた衣服を拾い上げ、ソファに座ったままの赤を見下ろす。自分の瞳の中に、赤と同じどうしようもない劣情が渦巻くのを感じながら。
「……片付けなどさっさと済ませて、早く来いよ」
 そう言い捨て、赤に背を向けて歩き出す。熱の籠もった眼差しが背中へ突き刺さるのを感じながら、白龍はこの後に待ち受ける夜の長さを思って、ぞくぞくと体を疼かせるのだった。