――この関係が不毛だなんて、とっくに分かりきっていた。
窓の外の景色が、次第に暮れ始めている。
プレートの天井部に備え付けられた灯りが輝度を落とし、人工的な夕暮れの色を作り出す。太陽も月も、星の一つも存在しない地下世界の黄昏は常に同じ時間に訪れ、常に同じ時間に夜へと移り変わる。公司ではこの時間が仕事の終わりとして統一されており、今日も退勤の準備や日勤者から当直者への申し送りなどで、公司本部全体に小波のようなざわめきが広がり始めていた。
一方で、引き継ぎといった作業とは無縁である幹部の執務室は、夕方独特の静かな喧噪とは無関係だ。その静けさを打ち破るように赤は執務室の扉を開け、真正面を睨む。広々とした無機質な室内。主の趣向で調度品がほとんど存在しない部屋は実際以上に広く感じられる。赤は部屋を横切り、その一番奥、主の座る机の前につかつかと歩み寄ると、携えていた書類の束を机の上へばさりと叩きつけた。
「……」
執務室の主である白龍が、目の前に投げ出された書類を一瞥してから、頬杖をついたまま赤の顔を見上げる。これは何だと言いたげな深紅の眼差しに、赤は何も返さない。ただ白龍の顔を睨みつけ、書類を読むよう促すだけだった。
無言の攻防が続くこと暫し、やがて睨み合いに根負けしたように溜息を一つ吐き出してから、白龍が目の前の書類に手を伸ばす。合計で五十枚ほどの紙束を、器用そうな指がぱらぱらと捲り始めて程無くして、白龍が胡乱げな目で書類と赤とを見比べた。
「これは俺が承認するものではなかろう」
赤が渡した書類は、プレート昇降口の修理に関するものだった。
プレート昇降口で大規模な爆発が生じたのはつい先日のこと。異なる階層を結ぶ通路の位置は地下世界の中でもごく限られており、その数少ない交通手段である昇降口が破壊されたことで住民の移動や物資の流通が制限され、一部で深刻な被害が起き始めている。地下世界のインフラを整備している公司としては看過できない事態であり、報告を受けた崇神はすぐさま総力を挙げて昇降口の修理を行うことを決めた。とはいえ、巨大な建築物を修理するにはそれ相応の予算や人員が必要になるし、それ相応の時間もかかる。関係者が寝る間も惜しんで調査を行い、議論を交わし合いながら、大規模な修理計画を立案し、遂に決定した結果がこの書類というわけだった。
――正確には、赤が持ってきた書類は原本ではなく、計画書のコピーだ。そもそも地下世界のインフラ整備は白龍の管轄ではないし、更に言えばこの書類は既に華泰の決裁が下りていて、早速修理作業が始まっている。だからこの書類を、白龍に見せる必要性はどこにもなかった。それでも、仕事が終わるかというこの時間帯にわざわざ赤が赴いて書類を叩きつける理由は、ただ一つ。
「お前の承認など必要としていない。現状を認識してほしいだけだ」
「ほう」
「お前の差し金なのは分かっている。お前の独断で、一体どれだけのものが犠牲になったと思っているんだ?」
表向きにはガス配管の劣化が原因だと発表されているが、今回のプレート昇降口の爆発が人為的に引き起こされたものだということは、現場調査を行った時点ですぐさま明らかになっていた。調査の結果、昇降口に設置された監視カメラの映像には、爆発が起きる直前に公司の師兵が地上からの侵入者たちと戦っている様子が残っていた。能力者同士の戦闘により何らかの要因で爆発が起きたのだというのが、現地を調査したチームによる結論だ――少なくとも表向きには、そういうことになっている。
だが真実がそうではないことを、赤は知っていた。公司の隠兵部隊が秘密裏に仕掛けた高威力の爆弾が、そこで戦っていた人間ごと昇降口を吹き飛ばしたのだ。隠兵たちが赤にはっきりとそう明かしたわけではないが、公司の警護を担当している赤の耳には隠兵の噂話は届いてくる。そしてその設置を命じたのが、今赤が対峙している男だということも。いや、たとえその噂を聞かなかったとしても、赤は白龍を疑っただろう。地上からの侵入者を誰よりも疎ましく思っている人間の中で、このような策略を思いつき、そして躊躇なく実行する存在など、この男以外には考えられないからだ。
とはいえ、赤が聞いたのはあくまで噂に過ぎず、白龍こそが真犯人だという確たる証拠など何処にもないから、彼の行いが咎められることは恐らくないだろう。そして、そういう所こそが、赤が白龍を犯人だと思う一番の理由だった。この男はそうした立ち居振る舞いに憎らしいほど長けている。自分の存在を極力隠し、自分の手を極力汚さぬように策略を巡らせて、地下世界の裏側で暗躍する彼を見るのは、これが初めてではない。だから今回も、赤はこの男が黒幕だとほぼ確信していた。
そして、詰問するような赤の口調を受けても、白龍の表情はぴくりとも動かなかった。その反応を見て、やはり、と赤は己の確信をより強くする。今回の爆発を引き起こした真犯人は白龍であり、この男は既に、それを隠すつもりもないのだと。
「俺はただ、地上からの侵入者と裏切り者の抹殺を試みたまで。……お前は、奴らの肩を持つのか?」
自分こそが公司のためを思っており、それに反する者は排除する、と言わんばかりの言い草。いかにももっともらしい反論に、赤は苛立ちを隠そうともせず、冷たい表情をした白龍へと言い募る。
「そうじゃない。確かに彼等の排除は喫緊の課題だ。だがお前のやり方は、いたずらに公司への反感を煽るだけだ。……それに、」
そこまで言って一度息を吸い込んだ赤の脳裏に、十日ほど前の光景が蘇る。白龍の執務室を訪れた際、扉の前ですれ違った磁力使いの少年。一体どんな甘言に言い包められたのかは知らないが、彼はプレート昇降口での戦闘に赴き、それ以降の足取りが全く掴めていない。
あのとき赤を一瞥してから廊下の向こうへと走り去った少年の目には、確かな野心があった。白龍はきっと、それを利用したのだろう。幼い心を焚きつけ、死地へと向かわせて、そして呆気なく使い捨てる。この男は平気で、そういうやり方を選んでのける。
「我々の大切な仲間も、あの場での戦闘以降、消息が途絶えている。それは命令を下したお前の責任ではないのか」
「侵入者どもの実力は想像以上だった。だからああいう形で片を付けるしかなかった」
「本当か? お前は最初から、こうなることを分かっていたんじゃないか?」
白龍の弁明に、赤が噛み付く。それはあまりにも不毛な議論だった。いや、こんなものは議論でさえない。互いの主張をただ言い合い、ぶつけあっているだけだ。互いの意見が交わることも、相手の主張にすり合わせることも、何一つ起こりえないのだから。どこまで行こうとも永遠の平行線を辿る会話を、議論と呼ぶことなどできるわけがない。
はあ、と白龍が溜息を吐き出す。もう沢山だと言わんばかりに、うんざりとした顔が赤を見上げて、その冷たく凍てついた深紅の目がじっとりと赤を睨みつけてくる。
「はっきり言えばどうなんだ。お前は俺のやり方が気に食わんのだろう」
「そう言えば、何か変わるのか?」
「そうだな。お前の回りくどい言い方に苛立つことがなくなる」
「貴様、」
挑発するような物言いに、思わずかっと頭に血が上って、赤は両手を机に叩きつけた。
ばん、と執務室に響き渡る音。白龍はその勢いにもまるで動じることなく、つまらなさそうな目をして赤の行動を眺めている。その様子にますます怒りを煽られて、赤は白龍をきっと睨むが、執務室の椅子に頬杖をついて座る男は赤の怒りを心底どうでもいいと思っているようだった。まるで人の心など持ち合わせていない男のことだから、実際、赤の怒りになど欠片の興味もないし、心を動かされもしないのだろう。
「お前のその態度が気に食わんが……まあ良い。話はそれだけか?」
そこまで言った白龍が赤から目線を外して窓の外を見遣り、赤もつられて窓の外へと目を向けた。黄昏の時間が終わった天井照明がいよいよ輝きを失って、地下世界に深く暗い夜の帳が下りている。白龍と不毛なやり取りをしている間にも、夜の時間が始まっていたらしい。いつの間に、と内心で赤が驚いたそのとき、不意に白龍の指が、机の上に置いたままの赤の手に触れた。
「!」
体温の低い、冷たい手。赤はぎょっとして咄嗟に手を引こうとしたが、手首を強い力でがちりと掴まれて叶わなかった。意図が読めず見下ろす先に、赤を見つめる白龍の瞳がある。深紅の双眸に不穏な輝きが、まるで酸素を吸い始めた小さな炎のように輝いて、赤を映してちろちろと揺れる。
「お前、何を考えて、」
「つまらん御託には懲り懲りなんだよ」
赤の手をしっかりと掴んだまま、白龍が椅子から立ち上がる。自分より背の高い男の顔を追いかけて、自然と目線が上へ。澱んだ光の瞬く目からは何の感情も読み取ることができず、赤は混乱したまま白龍を見つめ返すことしかできない。睨み合う視線が一瞬の膠着状態を作り、その直後、白龍が赤の手をぐいと引き寄せた。
「待て、……っ!」
机を挟んで前のめりになった赤の顔を、白龍が掴む。見惚れるほどの端整な顔が近付いて、拒絶する隙も与えられないまま、がつ、と噛み付くように唇を重ねられた。
白龍の舌が口内に入り込み、粘膜をれろりと舐め上げ、赤の舌をつつく。赤が身を乗り出す体勢になって、白龍の行為を拒否できないのを良いことに、この男は容赦のないキスで赤の口内を蹂躙する。ぐちゅ、と唾液が混ざり合う水音。舌を絡め取られて、舐め回されて、燻ってもいない劣情の火を無理矢理につけられるような感覚が、赤を襲い、呑み込んでいく。頭の中が麻痺するように、思考を奪われ、薄暗い欲望に塗り潰されて、赤はされるがまま、白龍のキスを受け入れることしかできない。
いい加減に呼吸が限界を迎える頃、白龍が赤の口を解放して、一気に肺へと流れ込む新鮮な空気の味に赤は喘いだ。噎せるように息を吐き出して、ぜえぜえと乱れた呼吸を必死に整える間も、白龍はやはり顔色一つ変えずに赤を見つめている。血の色をした薄い唇が唾液でてらてらと濡れていて、そこだけがひどく淫靡なものとして赤の目に映る。……いや、それだけではない。こちらをじっと見る、深紅の双眸。揺らめいていた不穏な輝きは明確な慾の色へと変わっていて、挑むような、誘うようなその目に見据えられて、赤はごくりと生唾を飲んだ。赤もようやく実感が湧いてきたのだ――否応なしに煽られ、体の中の欲望に火を点けられた赤の目にもまた、似たような色が浮かんでいるのだろう。
「お前もやっとその気になってきたか」
「……俺には理解できない。お前の気持ちの切り替えの早さは何なんだ?」
不埒な意図の籠もった眼差し。その感情の正体を、赤は嫌というほど知っている。そしてそれは、ほんの直前まで平行線の口論を交わしていた相手に向けるものとは思えなかった。これだけいがみ合った後に、その相手と体を重ねようとするだなんて、狂っているとしか思えない。だが当の白龍は、赤の疑念にもつまらなさそうに鼻を鳴らすだけだった。
「理解できないのはお前の方だ。それはそれ、これはこれ、だろう」
あまりにも当然のことのように言われるのみならず、まるで赤の側が異常だと言わんばかりの物言いに、赤自身、何が正しいのか次第によく分からなくなってしまう。それが罠なのだと、赤の中に残る理性が警告を発するが、白龍の言葉には不思議と説得力があって、じわじわと思考が侵食され、呑み込まれていく。
「それとも、こう言えば納得するか? お前の怒った顔を見ていたら抱かれたくなった、と」
「お前っ」
頭に一気に血が上る感覚。今回は怒り故でなく、恥ずかしさのせいだ。素面ではとても言えたものではない台詞を平然とした顔で言われ、言われた赤の方が受け止めきれずに動揺してしまう。そんな赤の動揺には気付いていないのか、白龍は淡々とした口調のまま、その目に不埒な熱をどろりと澱ませて、赤の頬を緩やかに撫でる。意味ありげな手つき。昏い熱を孕んで絡み付く視線。既に白龍は、とっくにその気になっている。
「ここでこのままやるか、場所を変えるかのどちらかだ」
痛いほどに熱い眼差しとは裏腹に、そろそろと頬を撫でる手はまるで温度を感じさせなかった。
この恫喝じみた誘いを拒絶する選択肢は、無いわけではない。きっと簡単なことなのだ。白龍の手を思いきり払いのけて、この部屋を今すぐ飛び出す。そうすればきっと、この関係が全て終わる。何もかもがなかったことになって、そうして全てお終いになるだけだ。
赤は白龍の目をじっと見つめ返す。言葉よりも何よりも雄弁に、じくじくと熱を帯びる深紅の双眸。きっと自分も同じ目をしているのだと、今なら断言できる。それが、この手を振り解けない理由だ。目を逸らせないのは、その手を振り払えないのは、自分が目の前の男に囚われているからだった。囚われている――その言い方が正しいのかも分からない。赤は心の何処かで、白龍の手を拒絶したくないと思っている。できることなら、その手を掴み返して引き寄せたい、とも。
こんな気持ちを抱いていること自体があまりに不毛だとは自分でもよく分かっていたし、分かっていても、止めることができなかった。
* * *
半ば引きずるように居住スペースへと白龍を連れ込み、何ならろくな準備もなしに致しかねない男を必死で浴室に押し込んだ。
そして結局、赤は浴室を出てきた白龍によって早々にベッドへと押し倒されている。流石に素裸でいるのが躊躇われて穿いていた下着も呆気なく剥ぎ取られ、両足の間に割って入られて、下の毛の茂みに顔を埋めた白龍に、まだ兆しも見せていない逸物をぺろりと舐め上げられる。ぞくりと走り抜ける刺激、赤が思わず息を堪えるのを面白そうに眺めていた白龍が、逸物の先端をちゅぷ、と口に含む。じゅるりと淫靡な音を立てて亀頭を吸い上げられて、赤の中で早くも興奮が昂り、行き場のない熱が込み上げ、暴れ始める。
「う、ァ……っ!」
少しずつ鎌首を擡げ始めた陰茎が、ずる、と口内に飲み込まれる。そそり立つ肉棒の半分以上が喉へと収まって、絡み付く舌の動きと吸い付く粘膜の熱さに責められ、じんじんと痺れるような快楽に何も考えられなくなる。苦しげもなく喉の奥で亀頭を受け止め、一気に固さを増す陰茎に歯を立てぬように口を動かして、わざとらしい水音を立ててべろりと舌を這わせながら、白龍が挑発的な眼差しで赤を見上げた。頭を揺さぶられるような愉悦に溺れ、はくはくと浅い呼吸を繰り返す赤が面白くて仕方がないといった風に、まるで搾り取るような口淫を続けていく。
「ッ、くァ、も、やめ……!」
赤の悲鳴じみた懇願が聞き入れられるわけもなく、咥えられた性器をずず、と思いきり吸い上げられ、甘噛みのように柔く歯を立てられて。あまりの強烈な刺激に赤の思考がばちんと白く焼き切れ、圧倒的な快感の奥底へと叩きつけられて、がく、と腰が震えた瞬間、どぴゅ、と熱い奔流が体内を一気に走り抜けた。
「ア、ァあ……っ」
がくがくと腰を揺らし、仰け反りながら、赤は白龍の口内へ精を注ぎ込む。放たれる慾の発露を白龍が余すところなく受け止め、頭を掻き回す快楽の余韻に呆然となった赤の目の前で、ごくりと喉を鳴らして精を嚥下する。赤の逸物を口淫から解放する瞬間、肉棒を滴る白濁をぺろりと舐め取る舌の動きに、赤はまたも脳を揺さぶられ、喘ぐことしかできない。絶頂の余韻は白く弾ける波のように赤を襲い、今も燻り続けている。
「なあ、赤」
顔を上げた白龍がにじり寄り、赤の上に跨がる。まだ息の乱れた赤を見下ろす男が、自身の昂りを赤の引き締まった腹筋に擦り付けるように腰を揺らした。先走りでぬるついた熱が腹を擦り上げる奇妙な感触に赤がぞくりと体を震わせれば、その反応に気を良くした白龍が淫靡に微笑んで、ベッドの上に無造作に放り投げられていたローションのボトルを手に取る。まるで赤に見せつけるように、己の指へと薄桃色の潤滑油を絡ませてから、その手が白龍の背後に消えたかと思うと、男の流麗な眉が微かに顰められた。
「ん、ッ」
くちゅくちゅと、淫らな水音が白龍の股の間から聞こえてくる。ふ、は、と小さく息を漏らしながら、堪えるような表情に笑みを浮かべて、赤に跨がった白龍が自らの指で己の肛門を解し、赤を受け入れようとしている。ぬちゅ、とわざとらしく響いてくる水音に、自らの尻を責めている白龍の指の動きと、解され蕩けていく白龍の内側の熱さをありありと想像できて、じわじわと込み上げる興奮に赤はぐっと息を飲み込んだ。放たれたばかりの己の熱が、次第に己自身の慾へと集まるのを感じる。赤の逸物が固さを取り戻し始めるのを密着する肌で感じたのか、白龍が厭らしく腰を揺らし、どろりとした笑みを唇に乗せる。
「お前は俺が……誰かの意見で、考えを変えると思っているのか?」
まるで睦言のような温度で囁かれた言葉は、けれどもその淫らな空気にはまるで不釣り合いな内容だった。赤が見上げる白龍の表情は、変わらない。娼婦のように微笑み、腰を揺らして自らの体を開きながら、先程の口論の続きのような言葉を平気で口にする。赤は一瞬返事を躊躇ったが、話をはぐらかす巧い方法が、すぐに思いつくわけもなかった。
「そんなわけ、ないだろう」
「では何故……ンっ、お前は、俺を説き伏せようとする?」
くちゅり、くぐもった水音と共に、上擦る白龍の声。指先が彼の中の敏感な部分に触れて、自ら其処を重点的に責め始めたのだろうが、それでも彼は質問を止めなかった。体は貪欲に快楽を求めているのに、思考だけは冴え冴えと澄み渡っていて、そんな矛盾を平気で抱え込んだ男の言葉が、赤の心を的確に刺し貫いていく。
「お前は何故……俺が変わらないことに、苛立っているんだ?」
己の尻からぬるりと指を抜いた白龍が、赤の体躯に覆い被さった。潤滑油と自身の愛液とでしとどに濡れた手を赤の頬に這わせ、薄く、薄く微笑む。ぴったりと合わさる胸板、白龍の腰が厭らしく揺れて、慾でぬるつき膨らんだ白龍の男根が赤の腹で擦れる。赤自身の逸物もまた、白龍の痴態に中てられて固く勃ち上がっていて、白龍が腰を振るたび、滑った尻の割れ目にぬらぬらと擦り上げられる。暴力的なフェラチオとは違うむず痒い悦楽に、赤はじわじわと思考を絡め取られて、白龍の問いに答えることも儘ならない。
「お前だって、俺が何を言おうと変わらない。それなのに、お前はどうして怒っている?」
白龍の両手に顔を抱えられて、唇をぺろりと舐められて。赤は誘われるまま、舌で白龍の口を抉じ開けると、じんじんと熱を持った口内でぬるりと舌を絡ませ合う。互いの中で燻る熱を混ぜ合い、更に昂らせるようなキス。ぬらりと揺れる白龍の尻を赤が撫でれば、ふ、と熱い吐息が唇の狭間から零れ落ちて、白龍がますます積極的に舌を絡ませてくる。理性も、思考も、溶け落ちていくような口付けを交わして、やがて解けたとき。己をじっと見つめる深紅の眼が、先程の問いへの答えを待っていることに、赤は気がついた。
「俺は……」
口を開きかけて、言葉が止まる。じくじくと澱んだ熱を持ち、思考が麻痺しかけた頭でまともな答えを考えられるわけがなかったが、たとえそうでなかったとしても、赤には何も答えられる気がしなかった。
「俺には、分からない……」
やり場のない怒りをぶつけてしまう理由も、それでいてこうして体を重ね合う理由も分からないまま、赤はこの不毛な関係を許容してしまっている――本当はそこに、理由など必要ないのかもしれない。白龍はそんな理由を必要としていないから、だから今日のことも全て平気なのだ。赤だけが、どこにもない理由を求めて、答えを見つけられないまま、呑み込みきれない感情を白龍にぶつけてしまう。赤の葛藤はきっと全く無意味なもので、それなのに赤は、いつまでもそれを抱え続けている。
だから、そう絞り出した答えが、赤の偽らざる本音だった。自分でも何一つ分からないのだ。己の中で蟠る、この感情の正体が。
「……可哀想に」
だから、囁くような声と共に額へ唇を押し当てられて、赤は思わず面食らった。驚いて見上げた白龍の眼差しには珍しく、慈愛の色が浮かんでいる。苦しむ赤を憐れみ、そして愛おしむように、白龍がもう一度、赤の額に口付けを落とす。
「赤、お前は余計なことを考えすぎだ」
「白龍……」
ひどく優しく、残酷で、艶めかしい声が、どろりと赤の耳朶へ流れ込んで、毒のように赤を蝕む。白龍の言葉が正しいのかどうかも分からなかったが、少なくとも今の赤にとっては、その言葉は紛れもない救済として、心の内に甘く苦く、染み渡っていく。
「お前はお前で、俺は俺だ。それ以上でも、それ以下でもない。……だから、何も気にするな」
最後にもう一度、赤の唇へ啄むようにキスをしてから、白龍がゆっくりと体を起こす。鍛え上げられた体が僅かに腰を浮かせて、赤の屹立の先端を白龍の尻が掠めて。このまま腰を下ろすつもりなのだと悟った赤は、咄嗟に声を上げて白龍の動きを制していた。
「待て、……つけるの、忘れてる」
剥き出しでの行為は、受け入れる側である白龍の負担でしかない。そう思った赤が白龍を止めれば、赤の上に跨がった男が首を傾げてから、やがて長々とした溜息を一つ吐き出す。
「そういうところだぞ、赤」
「どういうことだ、それは……」
赤には白龍の言っている意味がよく分からなかったが、白龍がこのまま事を進めそうな雰囲気なのはよく分かった。それだけは避けたいと、慌てて体を起こそうとしたが、しかしそこで、呆れ顔になった白龍にぐいと押し留められる。
「……分かった。俺がつけてやるから、お前は寝ていろ」
「いや、そういうのはちょっと、」
「俺が妥協してやるんだから、それくらいやらせろ」
有無を言わせぬ口調。据わった目の白龍に凄まれ、赤はそれ以上何も言えなかった。
最初からベッドの上に出してあったスキンの箱を、白龍が渋々といった風に手に取り、赤の足の間に腰を下ろす。白龍の長い指が赤の屹立にぬるりと絡みついて、腰骨を這い上がるぞわぞわとした刺激に赤は小さく呻く。その熱にずるりと避妊具を被せてから、白龍が赤の体の上にしっかりと跨がると、自らの指で己の肛門をぬちゅ、と割り開いた。天を向いてしとどに蜜を垂らす白龍自身の逸物の下、ひくつく穴を赤に見えるように指で苛んでから、赤の逸物の先端をぴたりと押し当てさせる。ふう、と一度息を吐き出してから、白龍が赤の腹の上に手を置いて、ゆっくりと、腰を沈めていく。
「っ、ア、くゥ……」
めり、と白龍の内側を抉じ開ける感触。赤の男根が少しずつ呑み込まれ、奥へと沈み込むたびに、白龍が悩ましげに声を漏らし、滴る汗が顎を伝い落ちていく。これまでに幾度も赤を受け入れてきたその箇所は、本質的には男の慾を受け入れる場所ではなく、質量のある赤の灼熱をめりめりと突き入れられて、は、は、と白龍の呼吸が上擦る。それでも赤に跨がった男は、恍惚めいた表情をしながら赤を受け入れ、そして次第に、緩やかに腰を振り始める。
「ンぁ、ふ、んぅッ」
白龍が腰を上下させるたび、熱で蕩けた内壁が赤の性器に吸いつき、きゅうきゅうと締め付ける。ぬぷ、ずちゅ、聞くに耐えないほどの淫猥な音を響かせ、自ら積極的に腰を振りながら、白龍が汗の滲んだ顔ににたりとした微笑を浮かべた。深紅の瞳が欲望の色でどろどろに溶けて、その中に快楽でどろどろに溶けた赤自身の顔が映り込む。白龍の中にしっかりと銜え込まれ、敏感な部分を擦り上げられ、限界近くまで煽り立てられた赤の欲望。白龍もまた愉悦に呑まれているのだろう、腰を動かすのに合わせて足の間の陰茎がぶるりと揺れ、ひっきりなしに透明の蜜を迸らせる。そんな男の痴態にもどうしようもなく興奮を掻き立てられて、赤の中で一気に熱が膨れ上がり、そして一息に爆発した。
「っ、出るッ、」
その瞬間、赤の腹の底から背骨をぞくりと駆け上がる恍惚。赤は本能的に白龍の腰を掴んで、浮き上がりかけたその体を思いきり引き寄せると、白龍の奥深くに灼熱を穿ち、その中でどぷ、と精を吐き出していた。
「ッ、あ……!」
ごり、と最奥を抉られ、中に奔流を注ぎ込まれた瞬間、白龍が赤の上で大きく仰け反り、赤を銜える肛門がびくびくと激しく収縮する。赤の体の上、揺れていた陰茎から溢れるように滴る透明の蜜。射精こそしていないが、白龍もまた絶頂を迎えたのだろうと、ぼんやりとした頭で赤は理解する。
「ふぁ、ア、」
ぶるぶると太股までも細かに痙攣させて快楽の余韻に呑まれる白龍の腰を掴み、ぐいと引き上げる。ぐずぐずに蕩けた肛門から赤の陰茎が引き抜かれて、その刺激さえも毒なのか、白龍が鼻にかかったような嬌声を漏らし、とろとろと腰を揺らす。赤は体を起こして、まだ呼吸も整えきらない男の頬を両手で包み込むように抱えると、血の色をした唇に己の唇を押し当てた。
無防備に開く白龍の口に舌を差し入れれば、白龍が応えるように舌を絡ませてくる。舌の触れ合う箇所からぴり、とした甘い刺激が全身に広がって、赤は唾液が零れるのも気にせず、白龍の口内を貪り続ける。左頬に添えた指先に傷痕の凹凸が触れて、その境界線をなぞるように指で撫でていけば、白龍の肩がびくりと震える。僅かに細められる深紅の双眸にうっすらと涙が滲んだが、それでも舌は貪欲に赤を求めていて、赤もそれに応えて白龍の口内に舌を這わせ、熱く熟れた粘膜を味わう。
やがて、どちらからともなく口を離し、二人向き合って。その途端、左頬に添えた赤の右手を白龍が掴んで、ぐ、と傷痕から引き剥がされた。
「あまり、触るな」
「嫌だったか?」
嫌がっているようにはあまり見えなかったが、と言外に込めて白龍を見据えれば、赤に真っ直ぐ見つめられた男はらしくもなく目を逸らした。
「お前だから許すんだと言えば、お前は信じるか?」
赤は答えなかった――答えられなかった。まるで分からなかったのだ。そんなことを尋ねる白龍の真意も、自分自身の感情も、何もかもが理解できなくて、赤は黙り込む。
言葉など、何の役にも立たない。のらりくらりと詭弁を弄する白龍と、そもそもが饒舌ではない赤との間で、互いが本音で語り合える訳がなく、どこまでも平行線を辿る言葉のやり取りを不毛に交わし続けている。そうやって決して交じり合わずにどこまでも伸びる道を、無理矢理に重ねる方法が結局これしか思いつかないから、赤は白龍の手を振り払うことができない。これまでも、そしてきっと、これからも。
「…………」
それ以上考えることが馬鹿らしくなって、赤は白龍の体を押し倒す。白龍は抵抗せず、おとなしくベッドに体を沈める。彼が赤との関係を拒んだことは一度だってない。永遠の平行線を無理矢理にでも重ねたがっているのは、きっと白龍も同じなのだ。そう信じることで、赤は自分の中の何かを誤魔化そうとした。それが何なのか、自分でも分からないまま。
使用済みのスキンを外し、今度は自分で新しいものをつけ直す。その間に白龍がベッドの上で俯せになり、赤が挿入しやすいように僅かに腰を浮かせる。背後から犯されることを好む男は、よくこの体勢で抱かれたがった。赤もそれを知っているから、白龍に被さるようにしてその腰を掴むと、既に天を向いた屹立を、期待でひくつく後孔に押し当てる。
ぐっと、腰を進める。めりめりと肉を抉じ開ける感触、白龍の背がしなり、直腸の襞がどろどろに溶けて赤の屹立へと絡み付く。一度赤の味を知った其処は容易く綻んで赤を受け入れ、赤は誘われるまま、白龍の最奥へと腰を進めていく。腰を動かしながら、手を白龍の体へ回し、その足の間、固く勃起して止め処なく蜜を垂らす陰茎を掴めば、白龍の体がびくりと大きく跳ねた。
「っ、んゥ、ふ……ッ!」
シーツに顔を埋めた白龍の、噛み殺した喘ぎ声。あまり声を上げたがらない男の、赤を受け入れる肛門が激しく収縮し、ぬらぬらと淫らに腰が揺れている。相手が興奮しているのを体で感じながら、赤は白龍の尻に己の腰をぶつけて、ずる、ぬぷ、と抜き差しを繰り返す。体の奥底を何度も穿ちつつ、赤は限界まで膨らんだ白龍の性器を扱き上げて、彼を絶頂へと追い込んでいく。
「ッ、くゥ、ぅうンッ!」
「ク……っ!」
陰茎の裏筋を掌でぐりぐりと擦り上げ、一際大きく腰を打ち付けた瞬間、白龍の大柄な体躯が思い切り仰け反って、びゅる、と赤の手に熱い奔流が飛び散る。腸壁の内側がびくびくと痙攣し、赤の逸物へ搾り取るように絡みつき、締め上げて、その刺激に脳髄が焼き切れそうなほど興奮して、赤もまた、白龍の内側でどくりと精を放ち、その奔流を注ぎ込んだ。
* * *
目を開けたとき、そこには白龍の背中があった。
すうすうと、静かな寝息が聞こえてくる。夜の暗闇と静寂にまだ包まれている寝室。赤は白龍へ慎重に身を寄せると、その体へ背後から腕を回し、そっと抱き締めた。存外に眠りの深い男は微かに身動ぎをするが、目を覚ますことはない。傷痕だらけの赤とは違って不思議なほどに傷痕のない、逞しく鍛えられた体躯の、肌を合わせた部分からじんわりと、白龍の生温い体温が伝わってくる。何も分からないとしても、今こうして伝わってくる肌の温度は確かなものだ。眠る男の穏やかな呼吸の音も、艶やかな黒髪に絡むシャンプーの香りも。そしてそれはつまり、それ以外のことは何も確かではない、ということでもあった。
初めから、歯車の噛み合わせを間違えたような関係だった。それが、生命の巫女が地上に逃亡し地下世界へと連れ帰られてから、ますます噛み合わなくなっている。互いの価値観を譲らず、互いの思想が衝突する一方で、それをどこか恐れるように手を伸ばして、こうして体を重ねて破綻から目を逸らし続けている。
結局赤は、今こうして抱き締めている白龍を手放したくないのだ。この不毛な関係を断ち切れないほどには、赤は白龍という男にのめり込んでしまっている。そしてそれは、白龍の側も同じなのだろう。決して交わらない平行線を捻じ曲げ、赤という男を受け入れるほどには、このどうしようもない関係を続けたがっている。これまでの一度だって、白龍が赤を拒んだことはないのだから。
窓の外の景色が、次第に白み始めている。天井の灯りが輝度を上げ始め、地下世界に夜明けの時間が束の間訪れる。もう幾分も経たぬ間に朝が始まると分かって、赤はまだ眠っている白龍の背中に顔を寄せた。
信じられないほど切り替えの早い男のことだ、目を覚ませば最後、赤の腕の中からするりと抜け出していくのは目に見えていた。きっと彼は、この夜のことなど忘れ去ったかのように赤の下から離れて、涼しい顔で地下世界に混乱をもたらすのだろう。赤には止めることのできない破壊を繰り広げて、それなのにそう遠くない夜には、そんな態度が嘘のようにまた赤を誘うのだろう。そしてきっと、赤はその誘いに乗ってしまう。白龍が赤を拒んだことがないのと同じで、赤もまた、白龍を拒むすべを知らないのだから。
――白龍。
赤は白龍を抱き締める腕に力を込める。白龍はまだ、目を覚まさない。この不毛な関係につける名前など何処にもないし、名付けられるとも思えない。何もかもが不確かで、まるで薄氷を踏むように危うく、水泡のように儚い繋がり。だからせめて、夜が明けるまではこの確かな体温を感じていたいと思いながら、赤は束の間になるであろう微睡みの中に、再び落ちていくのだった。