可愛いあなたに恋をしたから

 そっと握った大きな手は熱く、しっとりと汗ばんでいた。
 シチロージの隣、微かに息を呑む音。ちらりと見遣った精悍な横顔は緊張で硬くなっていて、シチロージの視線に気付いてもいない。金曜夜の繁華街の喧騒を置き去りにするように路地を入り込み、足を踏み込んだ小さなホテルのフロント。他に人が居ないのを良いことに、シチロージはカンベエの手に指を絡め、ぎゅっと握り締めて、カンベエの緊張にわざと気付かない振りをする。
「行きましょっか」
「……うむ」
 シチロージの明るい声と、カンベエの強張った返事。カンベエの手を引いてフロントを通り過ぎ、エレベーターに乗り込んで、体の向きを変えるときに一瞬だけ目線が重なった。カンベエがはっと目を見開いてから、頬を赤らめ目を逸らす。それでも繋いだ手を振り解かないのが、この人の可愛いところだなとシチロージは思う。
「大丈夫ですか?」
 無言のまま、返事はない。視線の隅、小さく頷くカンベエの横顔。握ったままの手が、少し震えていた。絡めた指に力を込めると、まるで応えるようにきゅっと握り返してくる。そのほんの少しの時間がとてつもなく長く感じられて、それから、ちん、という音と共にエレベーターが止まった。
 カンベエの手は繋いだまま離さない。カンベエもシチロージの手を解かない。無言で細い廊下を進み、カードキーを使って部屋のドアを開けて、中に入る。二人を迎え入れる、仄かにピンクがかった照明。部屋の中にはキングサイズのベッドが一つ鎮座していて、枕元の間接照明が夜のムードを盛り上げていた。
 部屋の隅に誂えた細長いテーブルの上に、カンベエがビジネスバッグを置く。シチロージは握った手を離さないまま、ようやっとカンベエに向き直った。控えめな照明がカンベエの彫りの深い顔に影を落として、ただでさえ引き締まった顔がより一層強張って見える。さほど身長の変わらない、けれども自分より恰幅の良い体を自由の利く方の手で抱き寄せれば、う、と緊張しきった呻き声が、カンベエの喉から漏れた。
「汗、かいてるから」
 それが遠回しな拒絶だと気付いたけれど、シチロージはそれに気付かない振りをする。
「じゃ、先にお風呂入りましょう」
 言いながら、シチロージは手早くカンベエのスーツのボタンを外し始めた。いかにも堅実なサラリーマンによく似合う、シンプルなグレースーツのボタンに手をかけた途端、カンベエがひゅっと息を呑む。
「待て、自分で、脱げる」
 顔を赤らめてあたふたし始めるカンベエの頬をおもむろに包み、じっとその瞳を覗き込む。見つめられたカンベエが、ごく、と唾を飲み込む音。揺らいだ黒灰色の瞳を見つめて、ぽつ、と駄目押しの一言。
「脱がせちゃ駄目?」
「っ、」
 カンベエが言い返せない隙をついて、紺のストライプが入ったネクタイを解き、白いワイシャツのボタンをゆっくりと外していく。身を屈め、ベルトの金具を外しながら見上げる先、カンベエが真っ赤に染めた顔をシチロージから逸らしていた。ズボンのジッパーを下ろし、その内側へと手を滑らせて。黒いボクサーパンツの中、既に熱を持って固くなり始めている逸物に触れた瞬間、その下着が薄っすらと湿るのが分かる。
「もう、こんなにしちゃってるんですか?」
「……っ!」
 言葉に詰まるカンベエの前で膝立ちになり、シチロージは悪い笑みを浮かべながらカンベエを見上げる。顔を赤くした男が目尻を潤ませて、シチロージが触れている下着が更に、しっとりと湿り気を帯びていく。
「脱がされて興奮しちゃった?」
「ぁ、シチロージ、」
「ふふ、カンベエ様、可愛い」
 動けないでいるカンベエの足の間に顔を近付けて、下着の上からでも形がはっきりと分かる逸物の先を、かぷりと唇で咥える。びくりと震える太股、ひっと悲鳴のような声と共に、カンベエの手がシチロージの頭を掴んだ。
「だめだ、汚い、っ」
 渾身の力でぐいと頭を引き剥がされ、シチロージは仕方なく顔を上げる。目が合ったカンベエは半泣きで震えていて、その弱り切った顔はとてつもなく劣情を煽る可愛さがあった。けれども攻め立てるばかりではいけない。押して、押して、たまには引かなければいけない。だからシチロージは引き剥がされたまま、おとなしくカンベエを見上げる。
「ふ、風呂に……」
「うん、じゃあ一緒に入りましょっか」
 そう言って、にっこり微笑んでみせる。そんな返しを予想していなかったのか、呆気に取られた顔になるカンベエの前で立ち上がると、シチロージは手早く自分の服を脱ぎ始めた。ホストとして夜の街で名を馳せるシチロージも、カンベエと同じくスーツを身に纏っている。けれども彼が身に着けているのは黒のスーツとダークグレーのワイシャツで、基本的にはノーネクタイだ。さっさと服を脱ぐシチロージに触発されたのか、半端に服を脱がされていたカンベエもおずおずと自ら服を脱いでいく。
「ぁ、」
 洋服をぽいとベッドに放り投げたシチロージを、カンベエがちらりと見る。カンベエほど逞しくはないが、すらりと引き締まった色白の体。その足の間、シチロージの逸物が少しずつ兆しを見せているのに一瞬目を遣ってから、恥ずかしそうにさっと目を逸らすカンベエの仕草が、とてつもなく可愛いな、と思った。

 シャワーの水音の中に、くちゅくちゅと粘ついた音が混ざる。
「ん、ふぅ、」
 カンベエの色黒の体を浴室の壁に押し付けて、ぎゅっと目を瞑った年上の恋人の、肉厚の唇を一方的に奪う。舌をれろりと絡め、粘膜をぴちゃぴちゃと貪る水音。カンベエの呼吸が、音に合わせて少しずつ荒くなっていく。
「ンぅ、ァ、」
 シチロージの胸を押し戻そうとした右手を、左手で掴んでぐいと壁に縫い止める。キスを始めたときからカンベエの両足の間に足を入れているから、彼が足を閉じることは叶わない。その股の間、緩やかに鎌首を擡げた逸物に右手で触れれば、びく、とカンベエの肩が大きく震える。
「っ、くぅ……!」
 舌が解け、ぱた、と唾液が舞う。顔を背けたカンベエが左手で己の口を塞いで、必死に声を噛み殺そうとする。いじらしい仕草にますます煽られて、シチロージはカンベエ自身を右手で包むと、上下にゆっくりと扱き始めた。ぴんと仰け反る背中。声にならない悲鳴。どろ、と鈴口から溢れる、熱い透明の蜜。
「ちょっと触っただけで、こんなに濡れちゃうなんて」
「ぅ、……!」
「カンベエ様、可愛い」
 可愛い。そんな陳腐な言葉を並べながら、シチロージはうっとりとカンベエを見つめた。手で口を塞いでまだ必死に声を殺そうとするカンベエが、涙で潤んだ目でシチロージを見つめ返してくる。その目に滲む不安と一抹の情欲に、シチロージは堪らなく興奮した。自分の本気の想いを伝えて三ヶ月、それまで男を知らなかった島田カンベエという男が、シチロージという男を前にこんな艶っぽい目をするようになるなんて。
「カンベエ様。中、洗って良いですか?」
「……っ、」
 一瞬だけシチロージを見ていたカンベエが、それを聞いた瞬間頬を真っ赤に染めて目を逸らす。だが首を横に振ることはしなかったから、それを肯定の意味だと受け取って、シチロージはカンベエの体から手を離す。
「じゃあ、お尻、こっちに向けてください」
 そう声を掛けながら、小さな浣腸器にシャワーの湯を満たす。その間にカンベエが浴室の壁に両手をついて、シチロージへと尻を突き出す姿勢になった。
 逞しい体が、小動物のようにぷるぷると震えている。そんな緊張の中でも健気に尻を突き出すカンベエの、まだ男を受け入れるのに慣れていない窄まった後孔に、浣腸器の細い先端をつぷりと押し込んだ。う、と小さな悲鳴が漏れるのも構わず、ゆっくりとお湯を注ぐ。それから浣腸器を抜いて、ふうふうと荒い息をするカンベエの震える尻を、ゆるりと撫でた。たったそれだけのことで、びくんと面白いほどに跳ねる腰。
「力抜いて、お湯、出しちゃって」
「ぅ、あ、ァ」
 見られることに抵抗があるらしいカンベエの尻を、ぺちぺちと軽く叩く。根負けしたカンベエが僅かに尻の力を緩め、とろりとお湯が溢れ出して太股を伝い落ちていった。それに合わせてシチロージはまたカンベエの中に湯を注いで、中を綺麗に洗っていく。
 その行為を何度か繰り返したあと、シチロージは浣腸器を脇に置くと、今度はローションのボトルを手に取った。蓋を開けて、中身を自分の指にとろりと垂らす。嫌でも鼻につく甘ったるい香りが浴室に広がって、恐らくその匂いで次に起きることを理解したのだろう、カンベエが壁に手をついたまま、怯えを帯びた目でこちらを振り返る。
「大丈夫です、ゆっくりやるから」
「っ、ああ、」
 シチロージの言葉を聞き、ぎゅっと閉じられる目と、噛み締められる唇。それでも決してシチロージを拒まないのがいじらしいなと思いながら、シチロージは未だ固く窄まった蕾に、ぬるついた指を一本潜らせていく。
「あ……ッひ、ぅっ」
 カンベエの肩が跳ねる。きゅうと強く窄まる粘膜の熱さを嫌というほど感じながら、シチロージは少しずつ、少しずつ、指をカンベエの奥へと進めていく。
「カンベエ様、力、抜いて」
「っは、あ、ァ、」
「ほら、リラックスして、ね」
 無理だと言わんばかりにぶんぶんと首を横に振るカンベエを抱き締め、どこを触るかほんの少しだけ迷ってから、カンベエの筋肉で盛り上がった胸の先端、小さな桃色の突起に指を伸ばし、きゅっと摘み上げた。
「ひィあ、」
 体の関係を持つようになってから少しずつ開発を続けている乳首に触れられて、カンベエが素っ頓狂な声を上げる。体が跳ねた拍子に後孔の締め付けが少し緩んだから、それに合わせるように指を奥へと押し込む。胸の突起を指先で転がし、こりこりと抓りながら、肛門の方は指を二本に増やして、その窄まりを解すようにぬちゅぬちゅと掻き回す。
「ああ、ッはあ、ぁ……!」
 あれだけ緊張で固まっていたカンベエの体が、いつのまにかゆらゆらと腰を振り始めている。ちらりと目線を落としたカンベエの股の間、その立派な逸物がはちきれんばかりに膨らみ、しとどに蜜を垂れ流していて、限界の近さを悟ったシチロージはカンベエの耳元で小さく囁く。
「もう、イきそうなんじゃない?」
「は、ひゥ、そんな、ことッ、あァん、」
 舌足らずに否定しようとするが、カンベエの自身が何よりも正直に、絶頂の近さを訴えていた。すぐ目の前の、真っ赤に染まった耳たぶをぺろりと舐めると、肩が耐えきれずにびくびくと跳ねる。シチロージとしては、カンベエの立派な雄に触ることなく彼を満足させたかったから、喘ぐカンベエの胸を弄りながら、腸内を責める指の動きをより激しくさせる。
「このまま、女の子みたいにイっちゃおっか」
「やぁッ、そん、なの、はず、ッあ、ひあァ……!」
 ぎゅっと乳首を摘んだ瞬間、一際大きくカンベエが仰け反って、天を向いた肉棒の先端から精液が勢いよく迸った。びゅる、びゅる、と溢れる白濁が浴室の壁に飛び散り、足元へと滴り落ちていく。カンベエが呆然とその光景を見つめているのに気が付いて、シチロージはなるべく優しい声でカンベエへと問いかける。
「カンベエ様、びっくりした?」
「っ、ううッ」
 弾かれたようにシチロージを振り返ったカンベエの目から、限界を超えてほろりと零れ落ちる涙。快楽に溺れることに未だ慣れていない恋人の頬に優しくキスをして、シチロージは小さく笑ってみせる。
「お尻と胸でイっちゃうの、怖かった?」
「う、ぐ、シチロージ……っ」
「怖がらなくて良いんですよ。私はそんな、えっちで可愛いカンベエ様のこと、大好きだから」
「ぅ、あ、あァ……」
 小さく嗚咽を漏らすカンベエを慰めるように、その汗ばんだ体を優しく撫でながら、シチロージは低い声で、カンベエに囁きかける。
「だからもっと、気持ちよくなろっか」
「はぁ、ア、ぅあ……!」
 返事は待たず、カンベエの内部に入れたままだった指を再び動かし始める。涙を浮かべていたカンベエの黒灰色の瞳が、瞬く間に熱の中へと溶け落ちていった。腸の中が熱く蕩けて指に絡み付く。指を前後させ、ようやく探り当てた内側の敏感な箇所をぐっと押すと、びく、びく、と腰が大きく跳ね上がった。
「ここ、覚えてくださいね? カンベエ様が、いっぱい気持ちよくなれるところ」
「ああ、ひあァ、シチぃ、も、やめ、いィあッ!」
 撓る背中、どぴゅ、と再び奔流が迸る音。カンベエの膝ががくがくと小刻みに震え、体が崩れ落ちそうになる。咄嗟に体内から指を引き抜いて、脱力したカンベエの体を両手でしっかりと抱き留めて、涙と涎とでどろどろになったカンベエの頬に、シチロージはもう一度、柔らかい口付けを落とした。
「カンベエ様、とってもいい子ですね」
「っ、ほんとう、か?」
 絶頂の余韻に茫然となっているカンベエが、シチロージの言葉に反応してはっと目を見開く。情欲に呑まれつつある男の、素直で従順にシチロージの言葉を受け止める姿が堪らなく愛しくて、今すぐ組み敷きたいという己の衝動を必死で堪えながら、シチロージはカンベエの頬に何度も口付ける。
「本当ですよ。すごくやらしくて、すごくいい子」
 その瞬間に動揺したカンベエの唇を、唇で塞ぐ。黒灰色の瞳が揺らいだのは一瞬、キスと共にその目がとろんと蕩けて、再び快楽の渦に呑まれていくのが手に取るように分かった。
 唇が、舌が、合わさったところから一つに溶けて、熱に溺れていく。カンベエが慾に呑まれているのなら、シチロージだって同じだ。カンベエという男に呑まれ、溺れて。底無しの沼に囚われ、抜け出せなくなっている。
「カンベエ様、挿れて、いい?」
 唇を離して、爆発寸前まで昂った自身をカンベエの腰に押し当てながら囁けば。う、と言葉に詰まったカンベエが、一拍間を置いてから泣きそうな顔で頷いた。
「優しく、してくれ……」
「ええ、勿論です。……ちょっと、待ってて」
 ずっと出しっぱなしになっていたシャワーの湯を止め、浴室のドアを開ける。脱衣所にあったコンドームをとりあえず三個掴んで、乱暴に扉を閉めた。一つ以外を浴槽の縁に置いて、一つのパッケージを開けて逸る自身に被せ、その一部始終を恐る恐るといったふうに見ていたカンベエに向き直る。
 怯える顔をしてはいるが、愚直に壁に手をついて、尻を突き出した姿勢を崩していない。シチロージへと向けられた双丘の間、指で解された蕾はほんの少し緩み、何かを欲するように時折ひくひくと縁が震えている。そこにシチロージの熱の切っ先を押し当て、両手で引き締まった腰を掴むと、カンベエが体をがちがちに強張らせるのが分かった。
「力、抜けそう?」
 うぅ、と小さな呻き声。ほんの少しだけ、筋肉の強張りが解けた気がしたが、恐らく大して変わらない。
 生娘のような反応にシチロージは苦笑しながらも、ゆっくりと己の熱を押し込んでいく。戦慄く体。ひ、と声にもならない微かな悲鳴。カンベエの内側がシチロージの肉棒をきつく締め付けて、その食い千切るようなきつさに、何もかも持って行かれそうになる。
「っ、は、カンベエ様、締め付け、すぎ」
「ん、ぅあア、はァっ……!」
 カンベエが必死に頭を振ってから、涙を溜めた目でシチロージを振り返った。恐れと恍惚とがぐちゃぐちゃに入り交じった眼差し。は、は、と嗚咽のような浅い呼吸を繰り返しながら、普段からは想像もつかない、蚊の鳴くような声で囁く。
「もう、入った、か?」
「まだ、半分くらい」
「そんな、ッ、んあぁ、」
 情けない悲鳴を漏らすカンベエの腰を掴んだまま、シチロージは更に腰を進めていく。ゆっくりと、ゆっくりと体を進ませ、ずり、と内側の襞のある箇所を擦り上げた瞬間、ぐ、とカンベエの喉が仰け反った。
「ああァっ、」
 迸る甘い嬌声。まだ奥まで入っていないのがもどかしくもあったが、シチロージはカンベエが感じたらしい場所を狙うように、そこを中心に腰を緩やかに振り始める。ずちゅ、ぬちゅ、ぬるついた水音と共に、敏感な箇所を責められるカンベエがひっきりなしに喘ぎ、熱く溶けた粘膜を、シチロージを受け入れる蕾を、びくびくと痙攣させる。
「はぅア、ひあ、アう、ッ……!」
「あぁ、カンベエ、さま、」
 どろどろに蕩けた穴にみっしりと銜え込まれて、シチロージの余裕もとっくに消え去っていた。噛み締めた歯の間から獣のような唸りを漏らしながら、ぐっと両手に力を込め、もう耐えられないとばかりに、カンベエの一番奥を、ごり、と突き上げる。
「っ、ああァッ!!」
「……っ!」
 叫び声と共にカンベエが思い切り精を放ち、その瞬間に訪れた食い千切らんばかりの締め付けにシチロージも限界を迎え、どぷ、と精を迸らせた。
 絶頂に体をびくびくと跳ねさせるカンベエの腰を掴み、己の腰を深く押し込む。コンドーム越しでもいいから、愛しい恋人の奥底に熱い熱い慾を注ぎ込み、カンベエを満たしたかった。そうやって熱を交わして、一つに溶けていきたい。誰よりも可愛い人に恋をしてしまったから、そう思ってしまうのはきっと仕方のないことなのだ。
 ひとしきり精を注ぎ終えてから、シチロージはゆっくりと己自身を引き抜く。「ぁ、」と甘い声を上げながら体を震わせるカンベエが、熱を抜いた瞬間に後孔がひくんと痙攣するのが、たまらなく淫らで、美しい。一度だけではまだまだ全然足りないから、使用済みの避妊具を床に落として、すぐ昂り始めた慾に新しいものを被せる。それを見たカンベエがごくりと喉を鳴らし、潤んだ目をシチロージへ向ける。
 一度繋がったおかげで緩んだ蕾に切っ先を押し当てると、カンベエがまるで誘うように、腰を揺らすのが伝わってきた。
 もう、言葉は要らなかった。熱に溺れて、一つに溶け合えば、それで十分伝わるのだ。ぐっと力強く腰を進めるシチロージと、背中を跳ねさせるカンベエと。肉のぶつかる音と、ぬるついた水音と、そして甘い嬌声と。

「カンベエ様ー」
 そう呼んでも、広い背中が振り返ることはない。
「ねえ、カンベエ様ったら」
 キングサイズのベッドの上、自分に背を向けて寝転がっているカンベエにシチロージは根気よく声をかけ続ける。だがカンベエは返事をせず、黙り込んだままだ。その理由が何となくシチロージには分かっていた。風呂上がりの濡れた髪の間、耳が真っ赤に染まっていたから。
 怒っているわけではなく、恥ずかしがっているのだ、この人は。そうと分かっているから焦りはなかったが、それでも無視され続けるのは流石に堪えるものだ。シチロージはカンベエの、よく鍛えられた浅黒い体にゆっくりと手を伸ばす。つう、と背骨の辺りを指でなぞって、びく、と震える肩を抱き締めて、赤くなった耳元でそっと囁く。
「カンベエ様」
「……」
「無視しないでくださいよお」
 顔を覗き込んだ年上の恋人は、ぎゅっと目を閉じて唇を噛み締めている。そんな仕草の一つ一つが、シチロージには矢張り、堪らなく可愛く思えるのだ。
「……おぬしは、」
 不意に、ぽつりと漏れる声。ようやっと口を開いたカンベエの言葉を、シチロージは一言一句漏らさぬよう、耳をそばだてる。
「儂をからかって、何が楽しい……こんな年寄りに、可愛いなどとぬかしおって……」
 最後の方はもはや消え入るような声になっていたが、シチロージが聞き逃すわけもなく。その言葉を聞いてまたもや愛しさが爆発して、シチロージはカンベエの体を背後からぎゅうと力強く抱き締めていた。
「私は本気ですよ、カンベエ様」
「っ、」
「あなたが可愛くて、愛しくて、仕方ないんです。これが恋ってやつですよ、きっと」
 もしそれが盲目だと世間が言うのならば、それで構わない。盲目のまま、可愛いあなたに、ずっと恋に落ちていたい。それがシチロージの、偽らざる本心。
「この、たわけ……」
 弱々しい声で呟いて、真っ赤になった顔をカンベエが両手で覆う。そういうところが本当に可愛いのだと言おうとしたが、これ以上言うと怒られそうだったから、その代わりにシチロージはカンベエの頬にかかる髪をそっと梳いて、火照った頬にぴとりと掌を当てた。
「ねえ、カンベエ様。キスしてもいい?」
 指の間から、涙で潤んだ目がシチロージをおずおずと見る。嫌だと言わないのは肯定の合図だと受け取って、ためらいがちにこちらを振り返るカンベエの唇に、シチロージはたっぷりの愛情を込めてキスをするのだった。